謎の前提があった

例えば今の仕事をやめたとして、また働きたいと思うのかな。遊ぶ金欲しさに少しは何かやるだろうけどこんな風に自分の時間の5/7を金稼ぐために使いたくなるのかな。現時点でこんなに嫌なのにまた同じようにやろうと思えるのかな。今の私が。と考えるなどしていた。

いろいろぐるぐると考えているうちに、何かを根本的に間違っていたことに気づいた。

「生きるために遊ぶ、遊ぶために金が必要、だから労働して己を傷つけながら金を得る」だと思ってる節があるんだけど、一番最初が余計なんじゃないか。だから生きてることすら嫌になるんじゃないのか。「遊ぶために金が必要、だから労働して己を傷つけながら金を得る。生きるためではない」でいいんじゃないか。

そもそも遊びたいだけじゃないか。なんで生きることを前提にものを考えてたんだろう、思ってもないくせに。そのせいで気分落ちたときの思考の過程が一個増えて落ち込みが長引いていたのではないかしら。

いろんなものを内面化しすぎているようだ。悪いことではないが、私の好みではない。