歪みだとしてもさ

もう何年も、 自分はおおかた普通の人間の中に含まれるという前提でものを考え るようにしてきた。 人より特別に優れていると思ったことはないが、「 この世で自分だけが許されない存在だと考えることもまた、 自分を特別扱いしていることの裏返し」 という考えに触れたからだ。

確かにその通りだと思ったので、 自分のことは特別でもなんでもない(つまり、 突出した長所は無く、短所はそこそこあるが普通の範囲内の) 一般的な人間だと捉えるようにしてきた。

でもそろそろ限界だと思う。「だれでもできる」の「だれ」 の中に私は含まれていない。私ができることがあるとしても、 他人の方がもっとできる。 他人の10倍は何もできないと思って間違いない、 と思うようになった。

こういうことをうっかり他人に言うと「謙遜しすぎ」 と言われるけど、謙遜してるわけではない( まともな大人なら易々と「そうですね」なんて言わないだろう)。

「認知の歪み」って言われたら、「『あなたの考えは間違ってる』 って他人に言うのに随分都合のいい言葉が広まりましたね……」 って思ってしまいそう(認知云々を否定してるわけではなくて、 なにもかも”正しく”することに疲れただけ。 歪む程度には圧がかかってるんだからほっといてくれよ〜)。

自分の方が他人よりできると思ったら全部一人でやりたくなるから 、こういう風に考えておいた方が体の負担が少ないんだ。 っていう建前。 もう何にもしたくないのでとっとと何もしなくてよくなりたい。 200時間寝たい。