成れの果て

ちょっとハイになっちゃう瞬間が何度かあった。概ね、何かをしている自分、それを眺めて爆笑している自分、の図だった。

ふざけてるんではない。毎秒必死である。ふざけてるように見えたなら私がただ単に下手くそなだけである。早く不適合の烙印を押されて自由になりたい、と毎分毎秒思っているのだが、なかなかそういうわけにもいかないらしい。人間って大変なんですね。

 

 

でっかい美術展にでも行きたい。謎のどデカいオブジェを見て心を空っぽにしたい。

教養がないもんで、ああいうのを見ても難しいことはよくわからないんだけれども、とにかく頭がいっぱいになって心が空っぽになって清々しいのである。何もわからないけれど、これを作るのには卓越した技術とたくさんの時間と生活と気持ちが必要だったんだろうな、というようなことを勝手に考えて、その途方もなさに呆然とするのである。そういう時間がもっともっと欲しいなと最近思う。

良くも悪くも「成れの果て」というようなものをたくさん目の当たりにしたい。何事も成れの果てが一番面白い。

自分の中にある感情として我ながら一番理解不能のものが「スカした顔を見ると殴りたくなる」である。いや、別に殴らなくてもよくないか。でも反射的にそう思ってしまうのである。もちろん殴らない。これの根元には「もっと成れの果てまで行けよ」という感情があるんじゃなかろうか。あれはあれで一種の成れの果てだと思うんだが。何もかもイチャモンの域を出ない。私も成れの果てを目指して進まねば。何事も成れの果てまで行けば面白いはずだから。