いいのはわかる

他人と話してると地獄が拡大することがあるが、私も同じように誰かの地獄を広げてると思う。罪悪感は軽めだけど、いやんなっちゃうな。五十、六十、七十……と生きている人たちはどれほど広い地獄を持っているんだろう。想像がつかない、途方もない、気が滅入る。火力は年を取ったら落ち着くのかもしれない、と最近思うようにもなったけど、広がった地獄はずっと地獄だ。

地獄の話ばっかりしてるけどさ〜全然地獄じゃない話もあるんだよね〜。好きなことの話だからここに絶対書きたくないだけでさ〜全然地獄じゃないんだよね〜。地獄の中で夢見てる感じだよね〜。夢見られるなら地獄の中でもやってけるんだなって感じだよね〜。私がどんなひどいこと考えてても時間は普通に進んでいくんだよね〜。それってとんでもない救いだよね〜。

最悪、目の前のことなんにも考えなくても、「ここではないどこか」を見て延々とニヤニヤしてれば勝手に終わっていく。すごく楽だ。好きなものがあってよかった。ここまで好きになれるものと出会えてよかった。趣味って言ったらまあ、趣味の範疇なんだけど、私の頭の中の主軸は完全にそっちに移っている。

幸か不幸か、生きてりゃそれでいいって今までいろんな人に言われた。テレビでもよく言ってる、音楽聴いてても生きろ生きろってそればっかり。こんなやり方でも生きてりゃそれでいいのか?いや、別に「いいよ」って言われたいわけじゃないんだ。いいのは知ってるから。そもそも、良かろうが悪かろうが生きてるわけだし、そこを問う意味はないでしょう。

自分でも難しいなって思うけど、私自身も本当はもっと別のことを訊きたいんだろう。「生きてりゃいいって本気で言ってるのか?」じゃなくて、なんだろう……もっと嫌なことだと思う。

「非生産的な人間を見ても罵倒したり嘲笑したり聞こえる声でため息ついたりしないって胸張って言ってくれますか?」とか。違うかなあ、もっとピンポイントな言葉がありそうな気がする。要は言語化がうまくいってない。こんだけぷちぷちキーボード打てても何にもわからない。