現実感

無責任に頑張れる場を与えられると、どこまでもやれてしまう。厳密には全くの無責任ではないのだが、重みが比較的少ないため(私にとってはほぼゼロ)、いろんなことを試したくなるのだ。

結果、「これ、本当に私がやってるのか?」と何度も疑うような事態が発生する。

さすがに、何をやっていても私である、という認識は芽生えており、納得してはいるものの、信じがたい。一年前の自分に言っても困惑されてしまいそうだ。えええええ〜。私ってそんなことできるの?……できそうっちゃできそうだけど。本当に?って、ずっとずっと同じ事をぐるぐる訊いてきそう。

いや、わかんないよ。嘘かもしんないよ。私だって何にもわかんないよ。

現実を夢で埋め尽くすのに成功して早数ヶ月。毎日毎日現実感がない。

この体の存在する空間が現実って言われても、まさにその体の中に現実感が存在していないのだ。わかるわけがない。

世界に監視カメラをつけて、私の行動を逐一録画して再生すれば自分の現実というのが少しは客観的に見えるのかもしれない。いやしかし、自分の事を客観的に見るなんて、とてもできない。不可能だし、できてもやりたくない。少なくとも私にとっては、客観的に見ようなんて考え自体が唾棄すべきものだ。行き着く場所は客観的視点ごっこの世界で、結局は被害妄想か加害妄想の両極端を揺れ動くことになってしまう。もう二度とやりたくない。

自分が現実に何をしていてどのように置かれているのかなんて、そんな世界一つまらないこと、見たくないよ。渾身のコントだけど、笑えるっていうよりひたすら気持ち悪い。そんなもん見てもしょうがない。私は世界で唯一私が見えない立場なので、本当によかった。