たのしい自業自得

ある特定の何かが良すぎて体に悪かったり頭がおかしくなったりすることを「しんどい」と言い表す文化がある。もちろん私自身「しんどい」ユーザーなのだが、実を言うと「しんどい」がよくわかっていない。

「しんどい」は西の方の言葉だと認識している。私は西の人じゃないのでやっぱり「しんどい」のネイティブな意味、「しんどい」の感覚がわからない。よくわかっていないけれど最近毎日「しんどい」って言ってる。

ひたすら便利な言葉だ、しんどい。

「しんどい」を使うのをやめて、何がどうしんどいのか具体的に言うようにしてみたとする。そうすると何が起きるかというと、「しんどい」事案の処理が追いつかなくなる。次々とぶちこまれるしんどい事案、それらを全て目撃し受け止めるためには、いちいち具体的な描写なんてしていられない。どこがどうよかったかを言葉にするのは波が引いてからでいい。

よく「語彙が無くなった」と言うがそれは仕方ない。自分の語彙なんてどうでもいい。一番大事なことは、全て目撃すること。記憶は飛ぶが今はインターネットがあるから補完できる(すごいなぁ〜、ワイヤードじゃん)。そして何が起きたのか、何を見て聞いたのかを思い出せたら、語彙はそこから取り戻せばいい。語彙なんてどうでもいい。しんどい。しんどいよ〜〜〜毎日毎日しんどいよ〜〜〜はぁ〜しんどい、毎日しんどすぎてしんどい、このしんどさを世界中に振りまきたい(たぶん無理)。

この「しんどい」って、ただただ疲れたとか辛いとかだけじゃなくて、平たく言えば「楽しすぎて体に負担がかかっている」みたいなもののように思う。楽しい自業自得。秋に入ってからず〜っとこの状態なので、とにかく頭がずっとおかしい。体は慢性的な寝不足。しかし精神は非常に安定している。とりあえず人生のいろいろを諦めた。