ゴリ押し

一日中、忙しすぎて参った。すごく人間っぽくがんばった。処理能力65%くらいの状態をずーーーーーっと続けないといけない状況がきつい。もう途中から何がなんだかさっぱりわからなくなってきて、やはり記憶が飛んでいる。さっきまでの私はどんな顔してたんだろう、さっきまでの私はどんなこと考えてたんだろう、全然わからない。全部反射でやっている気がする。人の心がない。

そんなでも体力がまだ余っていて日記を書いたりできるわけで、この一年でずいぶん体力や持久力がついた気がする。それでももう、全て力づくでやるのには限界がきてるのかもしれない。徹底的に合理性に欠けているせいで、失っているものが多いような気がする。

合理的なやり方を考えて選ぶことと、何も考えずにゴリ押すこと。私にとってはどちらが疲れるんだろう。言うまでもなく、私にとってはゴリ押しのほうが楽だ。全然疲れない。ゴリ押しでなんとかするとき、実は何も考えずにやっているわけではなくて、自分にとって一番楽かつ正当な方法を思いついてしまっているだけじゃなかろうか。それが一般的に合理的な方法ではなかったとしても、私にとっては割とコスパの良いやり方なのかもしれない(コスパってのは私から一番遠い言葉だ。辞書的な意味はわかっても実感がない)。

三ヶ月ぐらい合理的な人の脳みそを借りてみたい。何が起きるんだろう。