道のり速さ時間

耳鳴りがするので、ふと気になって「耳鳴り」で検索してみた。

検索結果の中から適当に開いたページに「耳鳴りの原因は……ストレス!」って書いてあったので、一瞬でタブを閉じた。いや、そうなのかもしれないけど。というか、言ってしまえば全ての刺激はストレスみたいなところがあるから、ストレスが原因って言われたら「あ、はい」としか言いようがない。私が生まれた原因もストレスかもしれないし。

とりあえず、別のストレスをかけたら耳鳴りが収まったり相殺されたりしないもんか、という安直な発想で音楽を聞くことにした。イヤホンを耳に突っ込んだら耳鳴りの音がいっそう激しく聞こえた。無視してiTunesの再生ボタンを押した。今ちょうどランダム再生の2曲目が始まったところだが、気を抜くと耳鳴りがする。アホくさいので気にするのをやめた。

 

趣味の都合で、諸々のスケジュールを確認したり推測したりする必要があって、久々にカレンダーをぱらぱらと捲ってみた。

すると、ぱらぱらと捲れるほど枚数が残っていなかった。

場面と気分に応じて「早く時間が過ぎてほしい」と「時間が止まってほしい」と「ゆっくり時間が流れてほしい」の3つの都合の良い願いを使い分けている。どれを願っているときも同じ早さで時間は過ぎるはずなのだが、カレンダーを捲ってしまうと「早く時間が過ぎてほしい」ばかりが叶っているのではないか、と疑わざるを得ない。

弱ったなあ。私が時間よりも早く動かない限りはずっとこんな気持ちで過ごさなきゃいけないのか。これでもわりと急いでいるほうなんだけど、もっと早くなきゃいけないか。急ごう、全部急ごう。焦った瞬間に爆発しちゃうのがネックだけど。うーん。

小学生の時に習った公式を思い出す。道のり÷速さ = 時間。わかりやすいんだかそうでもないのか、よくわからない公式。

私は分数の割り算で躓いた典型的なアレなので、こういう式で書かれても意味不明さが増していくだけなのだが、時速100キロを100km/hと表記することを思い出すと納得する。

つまり、この公式は時間を求めるためにあるのではなくて、時間を表すためにあるのだと解釈し直すことで、意味不明のもやもやが頭の中の然るべき箱の中に収納されていくのである。

 

自分でも何書いてるかわかんなくなっちゃった。とりあえず耳鳴りは止まった気がする。