市井の人

舌が回らない。さ行、か行、た行が厳しい。もともと口が小さいうえにモゴモゴしゃべる人間なので余計にひどい。無理してマトモに話している感じが声に出る。こうして疲労の度合いが高まっていることを自覚する。今夜は、今夜こそはたくさん寝るから、疲労はどっか行ってくれ!

疲れた身体でも妄想は元気に膨らんでいく。精神の地獄をやり過ごして、心もからっぽになったら、やっぱり欲がふつふつと湧いてきてしまう。

今日は高級ホテルや、つるんとしていて美味しいチョコレートのことばかり考えていた。他人の金でハイアット行きたい(「ひどい」の一言に尽きる。しかし他人の金でハイアット行きたい)。身の丈なんて知らない。

ああいやだいやだ強欲でいやだ、とポーズで言ってはみせるけれど、その実、全然嫌じゃない。少なくとも今は。

 

最近、文の書き方がよくわからなくなってきた。私には、隙あらば自分の世界に埋没しようとする性質がある。これが行き過ぎると自分が何を話しているのか、何を書いているのかもわからなくなる。「これは意味が通じるだろうか。未来の自分が読んでもわからなかったらどうしよう、日記なのに」と考え始めたらもうダメ。こればっかりは嫌だなあ。本読まなきゃ。何を読もうか。最近読みたい本はいくつかあるけれど、しばらく安部公房を読んでいないから安部公房でも読むか。いや、重すぎ!

重すぎ、なんて言っておきながら、何が重く感じられるのかうまく説明できない。文体とか? 思い返せば然程重くなかったような気もする。そもそも、文体というのがどういうものなのか、よくわかっていない。各人のテンプレート……なのかしら、もう全然わからない。

人はどうやって文を書いているんだろう。事務連絡として他人が書いた文章を読むと、どれもこれも似たようなものだけれど、人によって何かが違うように感じる。においが違うとでも言おうか。体感から言えば、文章から意味を抜いたものが文体なのかなと思う。実際はどうなんだろう。私が考えるには難しすぎやしないか。そういうのは専門の人に任せないと痛い目見そう。そんなことどうでもいいから、空いてる時間に本読もう。本持って外に出よう。

 

ああ、だめだ。上の数行を書いている間に、完全に興味が「事務連絡の文から漂う個人のにおい」に移ってしまった。気になって仕方ない。

そこらへんに「職場」は存在して、あらゆる文書が紙媒体・電子媒体問わず飛び交っているはずだ。それらを書いているのはほとんどが人間だろう。ビジネス文書のテンプレートなら検索すればいくらでも出てくるけれど、なぜかそこから滲み出る「個」はある。最近そう思うことがよくある。

市井の人の実際の事務連絡の文を寄せ集めた本ってないのかな。相当味わい深いものがたくさん出てきそうなんだけど。こんなに面白いものもそうそうないから、すでにそんな本がありそうなものだけれど、守秘義務もあるだろうし、いろいろ難しいか。