普段の自分に暇を出す/最高の夏

普段行かないようなところに行ったり、普段やらないことをやったりした。普段と違うところに寝泊まりして、普段と違う風呂に入って、普段と違う寝起き。普段と違う人たちと、普段話さないようなことを話す。普段なら目もくれないようなものに金を払ったり、普段乗らない乗り物に乗ったり、普段しないような格好をしたり、普段食べないものを食べたり。とにかく普段やらないことをやりまくった三日間だった。

数日前は、今頃体力が枯渇して倒れこんでいる予定だったけれど、そんなこともなかった。たくさん食べて話して歩いて、とにかく様々なものごとを身体に詰め込んだ。お腹もふくらはぎも頭もパンパンになっている。

その代わり、心がからっぽになった。言い表すとしたら、虚無でも空虚でもなくて、キャッシュを削除したようなイメージ。キャッシュを削除して、心が綺麗さっぱり。

 

普段と違うことをするというのは、普段の自分に暇を出すことだと思う。

「暇を出す」って、複雑な言葉なのだけれど、意味は概ね二つらしい。

dictionary.goo.ne.jp

goo国語辞書さん、いつもお世話になっています。ありがとうございます。

ここでいう「普段の自分に暇を出す」は、普段の自分に休暇を与えることでもいいし、使用人(「普段」そのものに仕えている自分のことだろうね)などをやめさせる、ということでもいい。どっちでも同じことだから。感覚的には後者のほうが近い。

普段と違うことをやっているとき、普段の自分はどうしても消えてしまう。身体は一つしかないから、いつもやっていることもあまりできない。日記の文字数だって少なくなる(書いてる時間がないから*1)。

普段と違うことをやるとたくさんの注意がそちらに向けられるから、たとえば生活のために仕方なしにやっている諸々のことも綺麗さっぱり忘れてしまう。スマホを触るのは、それこそ写真を撮るか、GoogleMapを開くか、近くの飲食店を探すときにしか使わない。本作りのこととか完全に忘れてた。

なんだか、「普段の自分」に疲れていたみたい。疲れるような「普段の自分」をやめるのが一番いいんだけど、やめようとしてもずるずると続いていってしまう。怠惰だね〜。やめるのって体力いるもの。

でも、この週末でキャッシュ削除したし、また新しく「普段」を作っていこうかな〜という気持ちには……まだなれないなあ。でもでも、かなりリフレッシュした! と、思う。日常にあったはずのあらゆる嫌なことがうまく思い出せない。なにか嫌なこと、あったっけな。忘れちゃった。忘れちゃっていいんだよ〜思い出さなくていいんだよ〜全部消してこ!

兎にも角にも、普段の自分に暇を出すことって私には大事。日常と日常の間に必ず非日常を挟まないと死んじゃう病だと思っていたけれど、これは「病気」じゃなくて「私のやりかた」だったようだ。my wayってやつ。

 

というわけで、友人たちと小旅行して、サングラスかけて猥雑な繁華街を闊歩して*2、いろいろ見て、飲んで、食べて、車運転して、喋って喋って、海に行って、優勝しました。最高の夏にした。

私は、最高の夏にしたからな。

*1:普段の生活をしているときでも、単に疲れていてたくさん書けないこともある。これもまた「身体は一つしかない」案件に含めていいと思う。

*2:これ自体はこちらの記事でもやりたいって書いてた。この時思ってたイメージと完全に合致したのでやっぱり優勝。やったらできんじゃん。やったわ。