眠い

「お年寄り」という、人生の集大成を謳歌しているひとびとの話がしばしば同じことのループになるのを見ていると、思う。

人生って、同じことのループでできているのかもしれない。ある程度長生きしている人が、みんなして同じことを話しつづけるのは、老けたとかボケたとかそういうことじゃなくて、本当に同じことを何度も何度も繰り返してきたから、それをそのまま話しているだけなのかもしれない。

 

毎日、ってほどでもないけど、毎週、同じこと繰り返して同じように死にたくなったり、たまに少し楽しかったり、やっぱりつらくて死にたくなったり、死にたいのに普通にご飯食べて排泄して風呂入って寝て、起きて、また死にたいのに同じこと繰り返して、をやっていて、これ、死ぬまでずーっと続くんだなって思うと全部省略したくなっちゃう。「もうわかったから。あれがこうで、こうなるんでしょ。そんで、それは、ああなるんでしょ」って言って、途中で話を遮ってしまいたくなる。だって同じ話、何回も聞いてるから。

 

生活って、オチのない話、ではない。オチの後も延々と続く話だ。一回ちゃんとオチてるのに、まだ続く、まだまだ続く。次のオチもありそうなのに見えてこない。ようやくオチがついたと思ったら、一回聞いたことがある話だったりする。そしてまた同じ話が始まる。

私は、真面目に聞けば聞くほどボーッとして、眠くなってしまう。

きっと、そのうち睡魔に負けて、こう言ってしまう。

「その話、ずっとやっててもいいけど、気が済んだら教えて。私それまで寝てるから」

 

(寝ても寝なくても、人生変わんないよな、寝ても寝なくても、明日は変わんないし、寝ても寝なくてもどーせなんにも変わんないのに、なんでこんなに寝ることばかり考えてしまうんだろう。寝てないと気が狂うから?寝ても何も変わんないのに。何も変わらないなら気が狂ったっていいか、と考えるけれど、気が狂ったらつらいことが増えるだけのような気がする。寝ても寝なくてもつらいなら、ますます寝るしかなくなる)

 

私の生活の、寝て起きてつらい、寝て起きてつらい、の、純化したループを私は毎日聞いている。これを何十年分も、話が終わるまで聞くのは大儀だ。無理だ。そもそも、話自体、特別没入するような内容でもない。それに、私は連続する物事を覚えておくのが苦手で、話が長ければ長いほど途中でボーッとしてしまって、結局話の流れを忘れてしまうから、やはり良き聞き手にはなれないのだった。自分の話の聞き手にさえも。

 

それで、実は、良き聞き手にもなりたくない。話なんてテキトーに相槌打ってハイハイ聞いてりゃそのうち終わるじゃん。相槌打たなきゃもっと早く終わるし。聞き方一つだよね。まともに聞いてちゃ身がもたない。

「うん、それがああなるんだよね、もうわかった、だからこの話終わりね。私、寝るね」……と、自分の人生の話し手に伝えるにはどうしたらいいんだろう。何度口を挟んでも話をやめようとしない。私の話を全く聞いてくれない。ずっと同じ話をループしてる。私が話の途中で寝そうになると、叩き起こして話を続ける。私は話を聞き続けて、もうこんなに眠い。