一億年ぶりにファミチキ食べた

 一億年前、あの人の目をかいくぐり、コールドスリープのカプセルにファミチキを持ち込むことに成功した。いつものファミマで買った、ファミチキ二つ。

 

 ほら、これ、昨日話したやつ。意外とコンパクトだろう。これは君専用のコールドスリープ・カプセルだ。このボタンを押したら、君は一億年後に目覚めるしかなくなる。途中で起こしてもらうことも、殺してもらうこともできなくなる。その上、目が覚めた時には、この世界には君とこのカプセル以外の何も無くなるんだ。何もかも。だって、君があんまりにも「何もかも全部なくなればいいのに」ってうるさいから。もううんざりだよ。だから君以外のものは何一つ、ここに侵入できないようにしてある。お望み通りの、何もない世界に連れて行ってあげるよ。

 あの人特有の、芝居染みた、押し付けがましい話し方だった。

 それで構わないね、とあの人が念を押した。私は、いいよ、そのために作ったんでしょ、早くして、と答えた。

 私をカプセルに横たわらせ、蓋がしっかり閉まったことを確認して、あの人がボタンを押した。最初で最後の冷凍が始まった。

 あの人は立ったまま腕を組んで、満足げに私を見下ろしていた。私はここぞとばかり、ファミチキを二つ、見せつけるように胸元から取り出した。すぐさま、その片方の袋を破り、あの人を睨みつけたままファミチキを貪る。

 全部あんたの思いどおりになんかさせてやらない。私は一億年後にファミチキを持っていく。

 麻酔と冷気で薄れゆく意識の中、一億年スケールで裏切られた人の顔を見た。私はなんだか笑えてしかたがなかったので、微笑んだまま眠りについたに違いない。

 

 一億年ぶりに体を起こして、周囲を見渡した。眼鏡がなくては一メートル先の文字だって読めない私にも、ここにはもう何もないことがわかった。

 カプセルから一歩出てしゃがみこみ、真っ黒の地表を手で撫でると、サラサラしたものとゴツゴツしたものが手に当たる。

 その瞬間、記憶が一億年ぶりに動き出す。

 ああ。ここは一億年前、あの人の部屋だった。あの人が、私を氷漬けにするためにせっせとカプセルを作った部屋。一億年前、そのあたりには電柱が立っていたし、あのあたりでは紫陽花が枯れていた。あそこの角を左に曲がって、しばらく歩いたところにセブンイレブンが、そこからさらに歩くとローソンが、そしてその向かいには、ファミリーマートが……。

 どこまでもどこまでも真っ黒の景色。何の匂いもしない空間。でも、ここには何もないわけじゃない。ここには一億年とほんの少しの間の、私を氷漬けにしたあの人の生活がある。世紀の大発明でファミチキを冷凍してしまった人の、ささやかな生活。そして何よりも、それをよく覚えている私が、いる。

 目が覚めたら何かも無くなるって言ったくせに。なーにが「お望み通りの世界にしてあげる」だよ。こんなになんでも残っているじゃない。この意気地なし、嘘つき。

 

 さっきまで自分が眠っていたカプセルの端っこに腰掛けて、その中に転がっているファミチキを拾い上げた。この世界で私とファミチキだけが正気に思えた。はたから見たら、私たちが狂っているのかもしれない。しかし、すっかりキレイになってしまったここに、「はたから見る」人なんてどこにもいそうになかった。

 ファミチキの袋の端っこをいじりながら、かつて青空だった虚空を見ていた。遠くで何かが光った。流れ星だろうか。確か、一億年と五ヶ月ぶりだ。反射的に、一億十年前に覚えた歌を口ずさんだ。ながれぼし、ながれぼし、すぐにきえちゃうきみがすきで……。あ、一億年ぶりに声を出した。

 気づけば、ファミチキの袋の端っこが破れかけていた。潮時かな、と封を切る。すっかりやわやわになった衣を齧る。肉を齧る。久々のスパイシーな香りと、ギトギトの脂が袋から染み出してくる感覚。

 まさか人類最後の晩餐がファミチキになるなんて、キリストもブッダダヴィンチもニュートンエジソンもヘレンケラーもトランプもプーチンも知らなかっただろうな。でも、私とあの人は知っていた。……もったいないな、これは私だけの秘密にしておけば良かった。

 

 そんなことを考えていたら、最後のファミチキを食べ終えてしまった。手癖で空の袋を細かく折り畳みながら、つぶやいた。

「一億年ぶりにファミチキ食べた」

 

今日、ファミチキを食べました。これは、実際は約一年ぶりであるにもかかわらず、心の中で「一億年ぶりにファミチキ食べた」と言ってしまった自分への戒めです。疲れました。


スピッツ / 流れ星