忘れた頃

今までに考えたこともないようなことが「〇〇したい」「〇〇になりたい」みたいな形でピョコピョコ生えてくる日だった。あんまりひどい内容なので、ああ、今日は頭の調子が本当に悪いんだなと悟った。

面白いので、頭の調子がおかしい時の私はどんなことを求めるのか観測することにした。思い浮かぶままに垂れ流される欲求を、アニメ映画のエンドロールを見るみたいにじっくりと眺める。一通り出尽くしたのか、まばらになっていく欲求のポップアップを適当に捌きながら、これらをまとめるなら「派手に破滅したい」なんだろうなと思った。

うーん(笑)。いつも考えてることとベクトルはだいたい似通っている。頭の調子がおかしかったわけじゃないみたい。使い古された、しかし使ったことのない方法論を次々と思いついただけだった。

しかし、君、派手な破滅なんてそうそうできるもんじゃないですよ。自分一人じゃあ、「あと一歩踏み出す」ことが常に出来ないから、今もこうやってのうのうと生きてるんだもの。そのくせ、乗せられるとどんどん進んでいってしまう性分でもあるから困りもの。栓を抜いた湯船に張り付いた髪の毛みたいに強情だけどさ。損だか得だか、いいんだか悪いんだか、全然わからないな。

 

ちょっとややこしい話。

夜、頭の調子が少し落ち着いた。やることがなくて、ぼーっと座っていた。

ふと、明日のこの時間もきっと、ここにこうして座っているんだ。と思った。

次に、

「いま・ここにあるかのように見えるこの風景は、明日の私が今日を思い出して眺めている光景なのではないか」

と思った。

ややこしいぞ!ぜんぜんわかんないぞ!

これはいつもの、

「私は今ここでこの瞬間を感じているような気がするけれど、それは錯覚。今の私は、実は七十歳くらいのおばあさんで、何かの拍子に脳のバグかなんかで、この記憶を生々しく思い出しているのだ」

という直感と同種のもので……。

説明がめちゃくちゃ難しい。なんて言ったらいいの? いわゆる「胡蝶の夢」と似ているような、微妙に違うような……。そういうものを、身体的にとても生々しく、切実に感じている。

何かを思い出していることと、今ここにあるものを知覚して認知していることって、私にとっては、質感的にほとんど変わらない……場合がある。

説明が困難すぎてどんどん言葉を詰まらせてしまう。

うーんと……例えば、これを打っている今のことを、忘れた頃に(数年後でも明日でも、とにかく忘れた頃に)ふと生々しく思い出してしまうんだろうな、という根拠のない確信がある。

なんなら今だって、本当は私は死ぬ寸前で、脳のバグかなんかで、二〇一七年七月二十六日の夜十一時過ぎの記憶を、突然見せられているだけかもしれない。今、音楽を聞きながら自室でPCのキーボードを叩いている、この時間と行動は確かに存在していた、という前提で。

こういう中学生の妄想じみたことを、すべて「直感」している。

上手く言えない。ブログのタイトル通りかよ。

 

ああ、なんか気色悪い。やっぱり頭の調子がよくないんだろうか。寝ます。