五、六年探していた本を田舎の古本屋で見つけた

 昼、急に古本屋に行きたくなって、行った。店内をねちょねちょと徘徊したけれど、ピンとくるものがなかったので、最後にもう一周して店を出ることにした。

 収穫無しかなあ、と思いながら、もう何回か通っている棚の前で少し足を止めた。ちょっと暗い感じの本が並んでいるところだった。

 この辺にもこんな趣味の人がいるのかしら、それとももういないのかしら。

 そんなことを考えながら、一冊一冊、手にとっては開いて、閉じて、棚に戻す。ため息。

 この不毛にも見える行動を何度か繰り返して、ふと顔を上げると、異様なオーラの背表紙と目が合った。タイトルを見て、呼吸が止まった。

 もう五、六年、私が探し続けていた本だった。

 息を吐くより先に手を伸ばして、ページをぱらぱらと捲る。間違いなく探していた本だった。そのままレジに持っていった。

 

 ……控えめに言って奇跡じゃない? もう絶版になってて中古以外で探しようのない本が、こんなクソ田舎の古本屋の棚にあったなんて。こんな「〇〇の人以外誰も買わない」みたいな立ち位置の本がここにあるなんて。この近所に(とは言ってもだだっ広い田舎だけど)、この本を買った誰かがいて、ここの古本屋に売って、それを私が見つけるなんて。

 この本をここに売りに来たどなたかに、軽く手紙でもしたためたい気持ちになった。

 それぐらい興奮している。やるしかない。やるでしょ。

 

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前略 かつてこの本を所有していたあなたへ

 

 ごきげんよう(本の立ち位置的に、この挨拶が妥当かと思われますが、いかがでしょうか。かつてこのように挨拶した日々よ、あなたにあれかし)。

 この度、あなたがあの古本屋に預けたあの本を、偶然にもこのわたくしがありがたく購入いたしました。今のわたくしには、いえ、少女の頃よりわたくしには必要な本でした(人はいつか少女であり、いつからか少女でなくなること、あなたならご存知でしょう)。

 この広大な虚無の地で、そして異様なほど狭い社会の中で、あなたとわたくしは出会うことさえできませんでしたが(おそらくこれからも出会わないのでしょう。そのほうがわたくしは安心です)、この本が、ここにあったこと。それだけの事実をもとに、わたくしはさまざまな「あなた」と出会うことができました。

 あなたが一体いつ、どんな心境でこの本を手にとったのか、どれほど大事になさっていたのか。この本をどのような理由で大事にしていたのか。大事に、どうしていたのか。それだけであなたは一編の小説になります。……悪趣味でごめんなさい。

 しかし、それほど、この本は「持っていること」になんらかの背景をーーおそらくは、似た属性の持ち主であることを想像させうるに足るものではありませんか。たとえば、あなたもよくご存知のあの方の表現を借りるとすれば、いつかどこかの森の奥、かつてわたくしたちは一茎の百合に連なって咲いていたのではありませんか。

 もし既に、こういったご趣味とは決別なさっていたのなら、差し出がましい真似をして申し訳ありません。気色悪い妄想をぶつけてしまって申し訳ありません。

 ただ、あなたの所有と解放が、わたくしの世界にまたひとつ、美しい「染み」を齎したことに感謝いたします。この本が、ここに「有」ることが「難」しいから、有難い、のです。有難うございました。きっと、きっと、大切にいたします。それでは、ごきげんよう

かしこ

P.S. もし、わたくしたち、出会ってしまったら、まずは……お茶会? それとも、ファッションショーでしょうか。そうして、深夜のカフェ、否、このあたりにはそんなおしゃれなものありませんよね、深夜のカラオケボックスで、それぞれの青春を語り合って、心で抱き合って、一晩で、永遠にさようなら。そういうことがしてみたいとわたくしは思います。