n重生活

私は一体何重生活をしているのだろう。二重生活というレベルは超えている気がする。

この日記も、そりゃあもうものすごい日数を、ほぼ毎日更新してはいるけれど、ここに書くのはもちろん「公開範囲:インターネット全体」に設定されている部分のことだ。

この「公開範囲」というのが、ひとつひとつのトピックにあって、それが知り合いの分だけ設定されている。だから、血縁者含む知り合いの数だけ「私」がある。私は知り合いの数だけ生活している。精神的にn重生活をしている。

さらに、他人から聞いた話にも公開範囲を設定する。この話はどんな人にしていいのか、してはいけないのか。どのような条件ならしてもいいのか、どのような条件であってもしてはいけないのか。これを意識的・無意識的に決めて、かなり厳格に運用している……と自分では思う。どのようなモチベーションでこれを運用しているのか、自分では全くわからない。そして運用する上で苦労することもない。この状態をもう何年も何年も続けている。破綻するのはいつなんだろう。

このセキュリティがあやふやになったら、他人と関わるのを本当にやめないといけない気がする*1

 

しかし、「公開範囲:ここだけ」の話のなんと甘美なことよ。「公開範囲:自分だけ」もなかなか良い。甘美だからこそ私は公開範囲の設定を厳格に守ろうとするのかもしれない。

秘密は多ければ多いほど苦しくて楽しい。おびただしい量の火薬を、コートの内側やカバンの中なんかに潜ませて、そこらじゅうを歩いているみたい。コートをガバッと脱いでしまったらどうなるんだろう、ああ、今ここでカバンの中身をぶちまけてしまったら……。

だめだ、無理、ぞっとする。やっぱり苦しいな。でも楽しい。こうやって今日もぎっちりがっちりとコートのボタンを閉めて、カバンに鍵をかける。

秘すれば花」なんて言うつもりはこれっぽっちもないけれど(花でもなんでもないし)、隠し事がやめられない、やめたくない。

これはやっぱりわたしの趣味なのだろうな。これからもn重生活しよう。

*1:そして、一番のセキュリティホールは他人(に自分の話をすること)である。なによりもまず自分の口に戸を立てないとなあ。