ぐにゃぐにゃの走馬灯

枕元に飴を三つ、文庫本、スマホを置いたらお供えみたいになった。「何を置いたか」より、「どう置いたか」がお供えっぽさを高めるのだろうが、今の私のお供えはこれがぴったりだと思う。

若干、足が浮いたような気持ちになった。足が浮いたついでに、ちょっとにぶい走馬灯のように色々なことが思い出されたので、ノートに箇条書きで書き出すことにした。

それは「実績解除リスト」とも呼ぶべきものになってしまって、「小学校を卒業した」「スカジャンを着た」「〇〇に行った」みたいなことから、とても人には見せられないようなことまで、たくさん書いてある。近いうち、ビリビリに破いて水でふやかして捨てなければ。

これを「実績解除リスト」って呼ぶことになんとなく抵抗があるから、暫定的に「走馬灯(仮)」と呼ぶことにする。

その走馬灯(仮)を書いている途中から、じわじわと笑いがこみ上げてきた。おかしい。なにがおかしいって、これらのことを全部同一人物が行っていること。その人物が私であること。

自分の人生がぐにゃぐにゃなのはわかっていたけれど、ぐにゃぐにゃなりに、たくさん変なことをしているんだなあと改めて実感した。ぐにゃぐにゃの人生じゃなくても全部できてたかもしれないけど、ぐにゃぐにゃなのに、この走馬灯(仮)に出てくることをクリアしている。やっぱりおかしいでしょ。

他人の人生にもこれぐらいおかしいことがきっと起きているんだろう。他人の走馬灯(仮)は、私には知り得ないことで、その中には私にできないこともかなり多いはずだ。

だから、たまに他人の走馬灯(仮)の一部を聞くと、とても不思議な気持ちになる。時には私自身が他人の走馬灯(仮)の一部になってしまうこともある。そういうときは戸惑う。参加していいのか、そこに。私を参加させていいのか。宛先を間違えたメールが送られてくるような気分だ。

いちいち気にしてたら何もできないから、あんまり考えないことにしているけれど、やっぱり妙だよね。面白いとか楽しいとか思えばいいんだろうか。前向きなこと考えるのってけっこう疲れるので、思ったままのことを思うことにしよう。

あと、私、明日絶対に私の走馬灯(仮)を処分しろ!!!