変身を見る

人が変身していくところを見ていた。

私はいろんな角度から変身の過程を観察しながら、「おおー!」とか「いい!」とか、思ったことをそのまま言った。私はお世辞は言わないようにしているけれど、傍から見たら太鼓持ちに見えたかもしれない。それでもいい。ああいう変身には囃し立てる役が必要なのだ。それがお世辞でもお世辞じゃなくても。

変身する人の、いろんな感情がこもった目を見ていた。

あれは期待なのか不安なのか緊張なのか自己嫌悪なのか恥ずかしがっているのか。本人がどう思っているかなんてどうせわからない。今日の夕飯のことを考えていたのかもしれない。だとしても、あの目の態度はなんとも面白い現象だった。変身する人の目は潤む。

変身している人の顔がパアッと明るくなっていくのを見て、今日は私の日じゃないなと思った。厳密に言えば、今日はこの人の日だと思ったのだ。

魔法がかかったみたいに革命的な一日というのは誰にでもある。それはもちろん私にもあって、この人にもある。そして、私の日は今日じゃなかった。この人の日は今日だった。そういうことだ。

人一人の歴史的な瞬間に立ち会ったのかもしれないと思うと、それはそれでワクワクする。

これは当然のこと且つ私にも当てはまることだが、人はしばしば他人の知らないうちに革命したり変身したりする。同一人物でも別人みたいな秘密を持っている。そして、どんなに親しい人に対しても全てを明かす必要はない。日記だからって全て本当のことを書く必要がないのと同じように。人間はややこしい。

それでも今日は、他人の革命や変身の一部始終を見ることができた。あれを最初から最後までじっくり見ていたのはおそらく私一人。世界には夥しい数の人間がいるのに、たったこれっぽっち。笑っちゃうくらい希少性がある。

私の今日は、革命に立ち会った日だった。これはこれで革命的な出来事じゃないか。私も少しだけ変身したかもしれない。