破裂

近所の小学生くらいの子供たちがよく叫んでいる。時間帯から察するにおそらく学校帰りなのだろう。なんでそんなに大きい声を出すんだと疎ましく思うこともあるが、思い返せば私も小学生くらいまではよく叫んでいた。叫ぶのって楽しいんだよね。大きい声を出すこと自体がめちゃくちゃ楽しい。

だから、叫んでいる小学生たちと遭遇して思うことは「叫ぶよね、わかる。私も今ここで叫びたいけど、このナリで叫んだらちょっと面倒なことになっちゃうから今ここじゃ無理なんだ。叫べるうちにどんどん叫んでくれ」くらいになった。

出かける先でたまに赤ちゃんが大声で泣いている。正直に言えば、一瞬だけ「うるさい」って思ってしまう。その次に、親御さんも今めちゃくちゃ困り果ててるんだろうなと思う。でも、よくよく考えたら赤ちゃん自身も何かを訴えているわけで、それはお腹が空いたとか、うんこ漏らしたとかそういう内容なんじゃないだろうか。お腹が空いたからってどうしたらいいかわからないし、わかってもできない。うんこ漏らしたからってどうしたらいいかわからないし、わかってもできない。そしたら泣くしかないよなあ。

だから、泣いている赤ちゃんと遭遇して思うことは「泣くよね、わかる。私もそういう状況になったら本当はめっちゃ泣き叫ぶと思う。でも、このナリで泣き叫んだって何にも解決しないどころかちょっと面倒なことになっちゃうから、もうできないんだ。泣けるうちにどんどん泣いてくれ」くらいになった。

私がクソみたいな理屈こねくりまわして、いくら考えたってわからない機序で他人は動いている。こんなこと考えたって、自分の内側を落ち着ける以外の意味はない。

そして、こういう状況に遭遇するたびに毎回思うのは、

「私も同じことしたいけど、なんで今やっちゃいけないんだろう。いや、やっちゃいけないんじゃないな、やったら面倒なことになるだけだな。でもそれって、やっちゃいけないのと何が違うんだろう。面倒なことになるのってつまり罰を受けるってことだもんな」

ということだ。

あほみたいに生きて年ばっかり取って、そのせいであれもこれも面倒くさいって、虚しいわ。

密室に行こう、面倒くさくならない密室に。物理的、精神的に閉じきった世界に。そこでなんでもやればいい。私には、密室、閉じきった世界、人の目に触れないところ、そういうものがないとだめなんだ。

ってインターネットに書くのめっちゃ馬鹿げてません? よりによってワールドワイドウェブに?! いいぞいいぞ。どんどん馬鹿げていこうぜ私!って自分のこと茶化して励まさないと叫びそうだ。