足りないものを見つける方法を見つけたい

最近単純に「外に出る」こと自体が精神に良いような気がして、外に出てしまう。「出す」んじゃなくて「出る」こと。自分の内側の領域を無理やり広げてしまうこと。身体の置き所を物理的に増やすこと。

知らない場所に行ってみる。やりたかったけどなかなかできなかった小さなことをやってみる。そうして、どこに行っても相変わらず自分のことしか見ていないのだと何回も確認する。どこに行っても私は私のままなのだと諦めて笑う。

それでも、冒険に出れば少しずつアイテムは増えていく。これは足りなかったもの、それでいて欲しかったものを少しずつ身につけていく作業だから、必然的に嬉しくなる。そうしていつの間にか、ちょっとだけ自分と気分を良くするための道具が、着々と揃っていく。

私はこれを読みたかったのか、私はこれを聞きたかったのか、私はこれが欲しかったのか。足りないものは何だったのか、触れてみて初めて気づくのだ。……ということにも、最近ようやく気づいた。

私は足りないものが何なのか、いつもわからない。

 

私は「理想の自分」が大好きなので、「理想の自分」に近づくと気分が良くなってしまう。普通のことだと思う。ひとつ良くなると、もうひとつ良くなるためには何かが足りないことに気づいてしまう。これも普通のことだと思う。

問題は、足りないものを探すことにかける執念が私を苦しめること。早く見つけろ、さもないとお前は一生このままだぞ。そんな観念を自分で生産して自分で消費して消耗する。前よりも少しは「良く」なったことを忘れてしまう。全部終わってしまえば「これはこれで面白い作業なんだけどね」なんて言えるけれども。

そして問題がもう一つあるとすれば、足りないものを知るためには元気がなければいけないこと。元気がないと外に出られない。外に出られない間も、心は足りないものを要求し続ける。ずっと元気で、外に出られる気力があればいいけれど、そうもいかないことは経験上わかる。

さて、どういう対策を打とうか。

私は単純だから、こういうときはとにかく、体力だ。HPの最大値を上げなければ。経験値を貯めてレベルを上げよう。いろんなダンジョンに行っていろんな敵を倒そう。ダメになったら薬使ったり寝たりしよう。うん。そうしよう。

結局触らないと何が足りないのかわからないんだから、外に出て、なんでもかんでもベタベタと触りに行って、返り討ちにあって、たまに目を輝かせる。このプロセスをやることしか今はわからない!効率良い方法なんて思いつかない。

 

こうやって死ぬまで「足りない足りない足りない足りない!」って言いながら闇雲に走り続ける気がする。それで、「見つけたー!嬉しい!」と「見つからない、無理」の山と谷を上り下りし続けるのだ。やり方を間違えなければ気分が上がるのだからこれでいいんだけど、もうちょっと落ち着いた人間になってもよかったな。

でも、最近本当にちょっとだけ理想に近づいたので、気分は良いんですのよ。ふふん。

ふふんて。ふふんてこいつ何言ってんだ。まあいいや、ふふんです。足りなかった本を読んで寝よう。ああ、それにしても、KENZOの新しい香水が欲しい。