ラッピング

 

本屋に行ったら、最近読みたいと思っていた漫画があったから、迷わずレジへ直行。

「カバー、おかけしますか」と、いかにも書店員という感じがする書店員のおねえさんに訊かれて、意味もなく「お願いします」と答えてしまった。

 

あとになってから、意味もなくラッピングをお願いすればよかったな、なんて思った。

 

ラッピング。あれは、技術と手先の器用さ、そして何よりも経験とコツの要るものだ。

私には書店員だった時期があり、たびたび本をラッピングした。何度も繰り返すうちにコツや誤魔化し方を覚えてきたが、やはりどうしても苦手で時間がかかってしまう。仕上がりもちょっとボンヤリしている。私の顔みたいに。

クリスマスの時期、おそらく自分の子供へのプレゼントとして絵本を数冊買った男性がいた。

「プレゼントなので、包んでください」と言われると、私の顔はだいたいこわばる。だから、その男性に言われた時もやはり顔がこわばったはずだ。時間帯は昼過ぎで、レジ前には意味もなく長蛇の列が形成されている。私は即座にレジの応援を呼び、会計を済ませ、男性に包装紙の種類を選んでもらう。

男性は当然のようにクリスマス仕様のものを指差す。

かしこまりました。それではこちらのクリスマス柄の包装紙でお包みします。リボンはどちらになさいますか。赤ですね、かしこまりました。それでは、こちらの包装紙とこちらのリボン、ということでよろしいでしょうか。かしこまりました。少々お時間頂きますので、店内でお待ちくださいませ。

私は心臓をばくばく言わせながら作業台の上で、クリスマス用の包装紙を折らないようにそっと裏返しに広げ、絵本を数冊重ねた状態で置く。震える指で位置の調整を繰り返して、思い切って折り始める。

手順はわかっている。それなのにどうしてもうまくできない。表に見える部分が汚くならないように微調整を繰り返す。微調整。折って微調整。ひっくりかえして微調整。微調整を重ねると大抵のものは汚くなる。あまりにもひどかったので、一度包装紙を新しくしてやり直す。そこでも微調整を繰り返したが、汚くならないように最大限努力した。

ようやく包み終えた本の左上の方にキラキラしたシールとリボンを貼り付け、本屋のビニール袋に入れて、先ほどの男性を呼びに行こうとして、ハッとした。男性はずっとレジの横にいて、私の作業の一部始終を見ていたのだ。

お客様、大変お待たせいたしました。ラッピングはこのようになりました。こちらでよろしいでしょうか。平静を装って訊くと、男性はこともなげに、はい、と答えて、微調整を重ねた絵本の入ったビニール袋を受け取った。

そして「がんばってください」と言って去っていった。

がんばってください。

がんばってください。

その日はずっと、頭の中でこの声が響いていた。どんな気持ちで言ったんだろう。試行錯誤してもあの程度のものしか仕上げられなかった当時の私に向けられた「がんばってください」。

通信簿の「もうすこしがんばりましょう」なのか、「あなたは相当向いてない作業をしていたようだが、これから経験を積めばきっとできるようになる。だから、ここでめげずにがんばってください」なのか、「随分待たせてくれたわりにはひどい仕事をしましたね」としてのがんばってください、なのか。今となっては知るすべもないし、他人の考えていたことなんてわかるわけがないから、どれでもいいのだけど。

とにかくラッピングというのは、私にとっては「がんばってください」に回収される言葉だ。

 

それを、私は無駄に他人にやらせてみようと思ってしまった。ラッピングお願いします。がんばってください。プレゼントする相手も予定もない。しかし、サービスとして受けられるなら存分に受けてみたい。一日の買い物すべてをプレゼント用に包んでしまえ。安物の口紅一本、漫画一冊、ペン一本、洋服一着、香水一本。なんでもかんでも。プレゼント用に包んでもらえますか。がんばってください。全部全部自分のために、なにかを晴らすように。これ、プレゼントなんですけど。がんばってください。がんばってください。たくさんの華やかな紙、セロハンテープ、飾りのリボン、シール。がんばってください。たくさんの店員さんががんばって包んでくれた、その結果が全て空虚になってしまうことを知っているのは私一人。私一人だけがそうやってほくそ笑む、そんなつまらない悪戯。

人も少なかったし、今回やってみてもよかったな。そうしたらきっと、あまりにも鮮やかな手つきで美しく包装された漫画が手渡されて、私の頭の中をあの「がんばってください」が通り過ぎていくのだろう。がんばってください。私、がんばってください。

だとしたら、やっぱりやらなくてよかった。