『他人疲れ』、そして自分の内側にしっかりと籠ること

行動範囲を広げた結果、自分の内側にしっかりと籠ることができた。

今日はそういう一日で、精神が随分と回復した。夕方からいいもん見たし、ようやく頭上のフタが開いたような感じがする。

 

自分の内側にしっかりと籠る、というのは私にとってとても大切な作業だ。これをやらないと気が塞ぐ。

私には、知っている他者の存在を恐れる癖がある。だから、徹底的に自分の内側に籠らないといつも誰かに怯えつづける。程度の差はあれ、この癖は家族や親しい他人に対しても発動する。人の気配だけでも危険信号が出る。

いつもはそれを無視できるけれど、無視しつづける(つまり、平気な顔して誰にでもヘラヘラして毎日過ごしつづける)と、ある時ドカッと疲れが出る。『他人疲れ』とでも言おうか。

積み重なった『他人疲れ』は「もう生きていけない」「私の人生、ずっとこのままつまらないんだ」「死んだほうがマシだ」みたいなめちゃくちゃな言葉に置き換えられて、さらに心身を蝕む。

このことを最近すっかり忘れていた。だから具合が悪かったのだと思う。

 

私の場合、『他人疲れ』の解消のために、定期的に自分の内側にしっかりと籠ったほうがいい。

簡単に言うと「一人の時間を作る」なんだけど、これが案外難しいのだ。

まずは、以下の条件を満たすこと。

  • 一人でいること(他者の存在が希薄であること、知っている人が感知されないこと)
  • 十分な飲み物と椅子とテーブルがあって本が読めること
  • 快適な気温であること(特に、暑いと気分が悪くなるし、汗が気になって気が散る)
  • 視覚・聴覚・嗅覚・触覚がうるさくない環境であること(気が散る)
  • 自分の身なりに失敗がないこと(気分高揚。それと、気が散らないようにするため)

乱暴に言えば「知り合いがいそうにない、おしゃれして行っても違和感のない、居心地のいいカフェに、過不足のないおしゃれをして本とイヤホンを持って、行け」ということなのだが、これがなかなか難しい。そもそもそんなカフェ、この田舎のどこにあるんだよっていう話だ。

でもでもでもでも!でもね聞いて!

今日は本当にラッキーなことに、ドンピシャのカフェに当たったんだなこれが〜!!!しかも結構近場〜!しかもねすごいの、聞いて!これが音楽聴きながら散歩するのにちょうどいい距離なの〜!!超超超!いい感じ!超超超超いい感じ!!(?)

まず、店内のBGMがうるさくない(イヤホンつけて音楽流せば遮断できる)。店員さんは用のあるとき以外話しかけてこない。照明が明るすぎない。他人を見なくてもいい席がある(ていうか客が少ない)。椅子の座り心地もまあまあいい。本を読むのに没頭できる。

ドンピシャすぎない?

 

いやあ〜、籠った籠った。

カフェにも籠ったけど、なにより自分の内側にめちゃくちゃ籠った。めっちゃ本読んだ。もう、ずーーっと無心でいられた。他人いないと無心になれる。無心サイコー。めちゃくちゃ心が軽くなった。

もっと居たかったんだけど、諸事情により帰らざるを得なかった。

帰り道、後ろ髪を引かれる思いで歩いてたけど、こんなとこあったんかーい!って嬉しさと頭のクリア感がそれを上回った。要するに快感。よい籠りができた証拠だろう。

「自分の内側にしっかり籠りたくなったら、またあそこに行こっ(ハートマーク)」ってぐらい良かった。

 

頭ぶっ壊れて実家に帰ってきて、ようやく動けるようになったけど、定期的に外に出たい衝動に駆られては全部諦めてた。たまにライブのために遠征して、遠方の友人と遊ぶことで衝動を発散していた。それでも『他人疲れ』からの回復は難しい。他人はどこにでもいるものだから。

しかしこんな近場に、おしゃれして行っても違和感ない、条件の良いカフェがあったなんてさあ。もっと早く行けばよかった。まあ今が出会いどきだったんでしょう、そういうことにしとこ、「もっと早くXXすればよかったのに」って私が大嫌いな言葉なんだもの(変えられない過去の行動を指摘されても困る。過去に戻れるなら素直にその通りにするけど)。

 

そしてあらためて自覚したこと。

「私のことを誰も知らない場所に一人で行きたい」って思うのが『他人疲れ』の合図らしい。

この合図が出たら……いやもう、出る前にでもいいや、またあそこのカフェ行ってあの本の続き読もう!おしゃれして行こ!あーたのし!楽しくなっちゃったよ!

自分の内側にしっかりと籠る、これ本当に大事!他者を遮断することで精神を回復させるライフハック!!よっしゃ!

 

精神が回復したんで明日から色々捗る予定(予定)!よっしゃ!おやすみなさい!

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