自分がヤバかった時期のメモを読み返した感想

なんとなく「去年の今頃って、私、何やってたっけ」と思って、当時のメモなどを読み返していた。

結局、去年の今頃に私が何をしていたかは全くわからなかった。

しかし、そのもう少し前の、人生でトップクラスにヤバかった時期のことがよくわかるメモは出てきた。

簡単に言うと未遂前/後の頃のこと。傷だとしたら一番血が出ていて赤黒く腫れている時期。

 

「前」のとき。

今の私が見ても完全にやばかった。頑張っているというか、気を張りすぎている。

同期の誰も信頼できない、教育係の人のことは信用できない、だからって自信もない、でも私がやるしかないんだ、仕方ないんだ私がやらなきゃいけないんだから、って思い込んですごく焦っていた。

マジで腫れ物が服着て歩いて電車乗って仕事してた。ちょっと突っつかれたらすぐにでも全方位に血やら膿やらを放出して全部めちゃくちゃにしてそのまま潰れそうな感じ。

腫れ物を潰して全部めちゃくちゃにしてでも「全てを正しく」しなきゃ(私の思う正しさに全てを向かわせたいという気持ちがあったんだろう)、それを私がやらなきゃ……という若干テロリスト気味な気持ちがどこかにあったのかもしれない。

その少し前まではまだ元気そうだったのに。誰のどんな態度にも過敏に反応し、過剰なメッセージを勝手に受け取って悩みと苦痛と悲しみと怒りを募らせていた。

もうこの時点で十分にまともじゃない。メンタル大ピンチになってる。

 

「直前」のとき。

完全に人生に絶望している。今すぐ死ぬことにだけ脳みそを使っている。何が起きても何を考えても思考回路の終わりは必ず「死ぬしかない」。

"この後に起こりうる、あらゆる良い出来事を想定してみても、それが生きる苦しみを全く上回らない"と書いてあった。

それはある意味で正しいんだろうと今でも思うことがある。しかし、この時は思いつめ方が半端じゃない。「死=唯一の正解」だったらしい。

遺書っぽいメモも見つかる。

"親、会社の人、友人、恋人、今までの人生で出会った人、誰も悪くありません。

私の悪口を言ったり危害を加えてきた人たちも、誰も悪くありません。 "

などと書いてあった。

今読めば「いやいや誰も悪くないってことはないと思うよ、特に誰が悪いってこともそんなにないよ、いや殺したいほど憎い奴はいるけどさ」とツッコむこともできる。

その一文の後、こう添えられていた。これが一番当時の気持ちを象徴していると思う。

"私だって、私みたいな人がいたらそういう扱いをすると思うからです。だから誰も悪くありません"

そうだな、まさにそういう扱いをした結果の未遂だもんな。ってことに気づいてしまった。当時、切羽詰まっていてここまで考えられなかったけども、意外と書いてある内容は素直だった。

「自分は死ぬけれど誰も悪くない、私が選んで勝手に死ぬだけです。ご迷惑おかけして本当に申し訳ありません。今までありがとうございました。」

簡単に書いちゃうとそういう内容の遺書(的なメモ)なんだけど、ウーン、典型的!ということで、当時は本当にヤバかったんだなあと思わざるをえない。

 

今の生活、そして今の私の状態で急にここまでヤバくなることって、そんなになさそう。そう思えること自体が、少しずつ回復してきたことの証左なのかもしれない。

でも、何かあったらまたここに戻ってくるんだろうなと思った。次あったら本当に終わりだ。へへへ。いやな気持ちはいやだねえ。

戻らないために今は「絶対に頑張ってやらない」「私利私欲のためだけに生きる」を徹底している。徹底できなくなったらアウトだね。へへへ。生きるのってほんとうにつらいねえ。

完全に自爆だけど気分が引きずられ始めてる予感がするので寝ます。

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