「信じられる」

趣味でアイドル界隈をウロウロしている(ほぼネット上で)。あのあたりは本当によく新しい言葉が生まれるので面白い。

最近特によく見る言葉が「信じられる」というもので、最初見たときは言葉の意味がよくわからなかった。彼らが或いは私たちが、そして私自身が、アイドルの何を信じているのか全くわからなかったのだ。

そんなある日。あるアイドルのブログを読んだ時に、私はついに「〇〇さんマジ信じられる……」と言ってしまった。本当に不意に口をついて出たので、びっくりした。「あ、信じられるってこういう感じなんだ」という思考は後からついてきた。不思議な体験だった。

それ以降、「信じられる」と思ったときはいつも「信じられる」と思ってしまう。

信じられる信じられるってよく言うけど、じゃあ何が信じられるの? と自分に問いかけてみるが、これがなかなか難しい。信じられない、なんてことはアイドルが相手である限りは無い(そもそも偶像相手に何を信じるのだろう)。むしろ、何をやっても信じるしかないのがアイドルだと思う。

それなら私が「信じられる」と使うのは、一体どういう時なのか。記憶を掘り進めていくと、おおまかに以下のように集約される。

「あるアイドルが、ヲタの需要を完璧に読み切った上で、正確或いは大正解すぎる行動を取ったとき」

こんなときに「〇〇さんマジ信じられる」なんて言ってしまう……ような。

「信じられる」の用法ってどこかで統一されてるんだろうか。規格あるのかな。この解釈で合ってるのかなあ。わからんことばかり。

しかし面白い言葉だな、「信じられる」。汎用性高い。蛇足ですが、私自身は信じられるか信じられないかで言えば、信じられないほうの人間です。

 

意味や定義を事細かに説明することはできないけれど、口に出した途端に使い道がわかる言葉。おそらくそういうものがこの世にはあるのだ。

尊い」もそんな感じかなあ。

最初こそ「尊いって、そんな大げさな……」と思っていたのだが、なんらかの萌えが天元突破して感極まったとき、ふと「ハァーーー、尊い……」とこぼれてしまった。おそろしいことに、それが大いにしっくりきてしまった。

そうか、これが尊いという感情なのか……と感慨深くなった。

そのあとは、この世界や宇宙の始まり、時の流れ、さらには人類の祖先にまで感謝しはじめるという、極めて意味不明な言動をひたすらに繰り返した。

その間中ずっと、私は指を組んでいた。自然と組んでいた。これはよくある祈りのポーズだ。何らかの感情が極まったときに人は自然と手を合わせたり、指を組んだり、頭を下げたりするものだが、まさか萌えが極まって祈りのポーズをとるとは思わなかった。きっと大いなるものへの感謝を祈りとして何某かに捧げるべく、私の指は組まれたのだろう。

変なのー! 言葉とか人間とかっておっもしろーい(雑な終わらせ方)!!

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