日常の名言、日常の詩

ニュースで、なんかやっちゃったっぽい政治家っぽい人の会見っぽい映像が流れていた。

スマホをいじりながらその音声を聞いていたら、その政治家っぽい人が釈明の中で微妙に、しかし巧く韻を踏んだ。確かに韻を踏んだのだ。

思わず手が止まって、画面の方を見た。どう目を凝らしてみても、それはやっぱり記者会見っぽくて、政治家っぽい人がなんかやっちゃったっぽいニュースだった。

 

日常で誰かが急に韻を踏んだり、突然名言じみたものを吐き出したりする現象は、わりとある。

 

例えば、何年か前に家族で行った近所のレストラン。そこの奥さんが私たちのグラスにワインを注ぎ終えて、ふと私に「彼氏とかいるの?」と訊いてきた。

父が目の前にいる状況でさすがにうんともすんとも言えず、「う〜〜〜ん?う〜〜〜〜ん?」とか言いながらわかりやすくトボけて、場があらあらうふふ、な雰囲気に。

そんなとき、奥さんが一言。

「(どんな男を連れてきたとしても)お父さんを泣かせるぐらいがいいんだよ」

 続けて、

「この人(私の父)だって、この間まで泣かせてたほうなんだから」

とも。

ヒューッ!カッコイーッ!!って煽りじゃなしに本当に思った。

冷静になってみると「娘ってのは、父親を泣かせるぐらいの男を連れてきたほうがいいんだよ」という、良いんだか悪いんだか正しいんだか正しくないんだかよくわからないアドバイスなのだが、なんというか……「決め台詞」感が半端なかった。

そう、決め台詞だ。決まりすぎてて名言っぽく聞こえちゃう。

とりあえず、近所のレストランの奥さんが、私の中の「日常に潜む、名言を言う人」フォルダに入った。

 

急に周囲の人が名言を吐いたり、突然詩人になったりする現象って結構面白くて、単なる日常の他人だったのが一気に興味深い人になる。

この名言、この詩を日常的にサラッと言って、しかもキマってしまう人。一体どんな人生があったんだ……と少しだけ気になってしまう。

しかし、日常の他人ゆえに、そもそもそこまで親しくないから聞けるわけもない。だから、永遠に謎のままで流れていくのだ。

 

他人がそれぞれ勝手に、それぞれの人生を歩んできてくれたおかげで、私は日常の名言や日常の詩に遭遇することができる。ベタだけど、やっぱり人生はそれぞれが一冊の本かもしれない。だってそれぞれ違うんだもん。

最近は、あの人もあの人もあの人も、名言や詩を持っているのかもしれないと思いながら他人を眺めている。そのほうが、ちょっとだけわくわくするから。