予測変換

 誰かが音声で「は」と発すると、私は「『はやく』と言われるに違いない」と自動的に思って身構えることがわかった。

 この感じ、何かにすごく似ている。もちろん、これは例えば、誰かが手を振り上げたら殴られる気がして目をつぶってしまうのと同じなんだろう。言ってしまえば、ある種の学習、反射だとは思う。あるいは、ある種の認知の歪みかもしれない(歪んでいない認知なんて存在するのかよ)。

 しかし、それではしっくりこない。正しくてもしっくりこないのだ。

 それなら、私は最初、何に似ていると思ったのか。頭の中のバケツに手を突っ込んで慎重に搔き回す。しかし出てこない。諦めて風呂に入っていたら、急にビビッときた。

 

 「予測変換」。これだ。

 「は」と入力された時の私の予測変換は「はやく」だったのだ。

 

 この現象を「予測変換」と捉えると、すごくわかりやすい。

 つまり、私は今まで散々音声で「はやく」と入力され続けたので、「は」と入力されたら予測変換で「はやく」が出てくる。別の候補があっても、まず先頭に「はやく」が表示されるのだ。

 これがわかったので、芋づる式にいろいろなことがわかる。

 例えば、私は今までずっと誰かに急かされていたし、急かさなければならない立場にさせていたんだ、ということ。

 例えば、他人に「はやく」と入力されまくるほど動きが鈍いということ。

 例えば、急かされるのは嫌いだけど、人を待たせるのもつらい、ということ。

 他にも、私は「はやく」動けたらさらに有益な人間になれるかもしれないということとか、世の中の人はせっかちだなあとか、「はやく」と言われることと辛い体験が頭の中でつながっているんだなあとか。いろんなことがわかる。

 一番大きな収穫は、私は他人に「はやく」と入力され、それを学習して、予測変換に「は」と入力すれば「はやく」が出るようになったくらいには、他人にカスタマイズされているのだということ。しかも、他人に使いやすいようにカスタマイズされているのだ。私というデバイスとOSを使って、他人は私に入力する。そういう存在なんだ。他人というのはそういうことができる存在なのだ。

 私をカスタマイズしてるのは誰だ。やめろ。

 

 「予測変換」って言葉で説明することにすると、他人との会話が少し面白くなりそう。相手の予測変換に変な言葉を残すもよし、相手の予測変換を予測するもよし。

 ただ、趣味悪いからあんまりやりたくない。私が勝手にカスタマイズしていい存在なんてこの世のどこにもなさそう。「カスタマイズしてください!」って言われたらやらなくもないけど。

 他人をカスタマイズするのが好き、或いは無意識に得意な人っていうのも一定層いる感じがする。関わりたくない。も〜、私の予測変換をハックするんじゃありません! めっ! 寝なさい。