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勝手に年の瀬を迎える

 お昼に外に出たら、なぜか「今年ももう終わりかあ〜」という気持ちになってしまった。まだ五月なのに私の頭は何を勘違いしたのだろう。

 しかし通常の半分サイズの一年もいいなあと思う。一月から五月で大体冬、秋、春、夏が体感できるような気温差があるし、コンパクトでかわいい。

 そう考えると、だんだんこれでいい気がしてきた。一年は5ヶ月でよかったんだ。12ヶ月は長すぎたんだ。今年も頑張ったなあ〜。だいぶ頑張ったなあ。

 カレンダーはあと7枚残っていて、ほっといても今から梅雨になって夏になって秋が来て冬になるんだろう。よし、ほっとこう。私はほっとく。

 

 すっかり年の瀬だなあ。鈴の音も鐘の音もしない年の瀬。楽だ。穏やかでいいな。ゆっくりしよう。好きな曲でも聞いてゴロゴロしよう。サービス全部やめよう、年末だし。年始はいつか知らないけど、とりあえず今は年末だから。

 そういや今朝の夢が最悪だった。目の前で女の人が車と車の間に立ったまま挟まれて、ギュウギュウになって、めっちゃ叫んでる夢。初夢じゃなくてよかったなあ。というか、夢でよかった。

 年の瀬っぽく大掃除でも……と思ったけど、この間やったばっかりだった。やっぱり年の瀬じゃないか。

 

 一人年の瀬ごっこ、結構虚しいけど楽しい。

 今、世界中で勝手に年の瀬を迎えている人間は他にどれくらいいるのだろう。私は非常に平凡な人間なので、同じような人間はたくさんいるはずで、今日の昼にふと「もう今年も終わりだな」と勘違いした人が数千、数万単位でいるはずだ。

 仮に数万人が今日「もう今年も終わりだな」と思っていたとしたら。……みんなでもう今年、終わろうよ。いけるって。絶対大丈夫だよ。今日で今年を終えた気持ちの人、バチカン市国の人口よりもたくさんいるよ。たぶんいける。

 個人的には、リアル年の瀬の12月31日までずっと無の時間を過ごしたい。本当は死ぬまで無の時間でいいんだけど、たぶん飽きる。12月31日で一旦、世間と足並みをそろえて、そこからまた5ヶ月やって、7ヶ月休みたい。

 こんなの、遊んで暮らしたいっていうのとほとんど同義か。遊んで暮らしたいことに間違いはない。暮らしを遊びの範囲に止めておきたい。理想を言うなら、『アリとキリギリス』のキリギリス路線を完全に突っ走っていきたい。悲しいことに、もうアリにはなれそうもないから。ああ、キリギリスにもなれなさそうだなあ。人間だもんな。

 

 というわけで、今日で一旦今年を終えることにした。明日は別に新年じゃないから、「あけましておめでとうございます」とか絶対に言わない。ついでに、こんな話をオフラインの誰にしても「は?」「バカじゃないの?」としか言われないだろうから、日記に書くにとどめる。良いお年を。