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様式美の世界

 ヨッ!ひさしぶりぃ〜。元気ぃ?アタシ病気〜。ギャハハハハ。みたいなことを言いあえる人との関係は大事だよ、全くもって。私が生きてる間は大事にしよう。あとはどうでもいい。

 人間って変な方向に発達しすぎてる。最近、生活してるとしみじみ思う。

 「自分で決めなさいよ」の向こうに「私が思っている通りに決めなさい」のメッセージを忍ばせる能力、それをわざわざ察してハッピーエンドの茶番をやる能力。他人事ならめちゃくちゃ楽しい。

 自分でやろうとするとどっちにしても神経使うし、あんまり得意じゃない。頼み事はストレートに言わなきゃ単なるお祈りでしかないし、祈りは届かないものだから。

 しかし、きっと様式美ってああいうことなのよね。全てに美しさを見出そうとするならこういうところにも「美」があることを意識しておこう、と鼻くそほじりながら決意。

 

 「様式美」で思い出した。

 話の終わらせ方という技術がある、ということを学んだのは、モーニング娘。'14の道重さゆみ卒業コンサートを見た時だった。MCのとき、ゲストの人かメンバーだったか忘れたけど、何かを喋りすぎたメンバーに対して道重さんがただ一言発して話を終わらせて、次の段取りに入った。

 その一言が「ありがとう」だった。

 うわ〜、「ありがとう」の使い方、ここにもあった〜!って思って本当にびっくりした(ちなみにこれに気づいたのはコンサートの録画を2周したとき)。

 「ここで区切るよ」「もう下がっていいよ」という意味の「ありがとう」の使い方があるんだ。こんなにも穏便に場をコントロールする言葉があるんだ……と思った。確かに「ありがとう」って言われたらもうそれ以上何をするわけにもいかない。

 これも一種の様式美なんだろうか。

 ちなみに、これは本当に大事なことなんだけれど、道重さんがそういう意味と意図で「ありがとう」を発したかどうかなんて私にはわからない。これはただただ私が勝手に見て感じただけの話。石を投げないでください。

 

 この世で一番好きな様式美は制服だ。特に中高生の制服。かっちり着ているほど良い。スカートの丈も校則通りに律儀に膝丈を守って欲しいし、学ランはきちっと上まで閉めて着て欲しい。それが一番好き。どんなに野暮ったくても、様式美だから好き。

 人と人の間で行われる様式美はだいたい苦手。嫌いですらある。私にはできないから。やる気もないから。やんなきゃいけないこともあるけど、最低限で済ませる。お気持ちと忖度の世界って誰が楽しくてやってるんだろう。

 ああ、そっか、そういうことすると性的に興奮する人もいるんだろうな。そういう人にとってはこの世はパラダイスなのかもな。それなら私は邪魔したくないや。各々勝手にしやがれ。めでたしめでたし。