五月

 テレビを見ていたら、可愛い蛇が紹介されていた。尻尾がリアルな蜘蛛の形をしていて、「脚」の一本一本がちゃんと動く。ボディカラーもアイスみたいで非常にナイス。

 この蛇は、蜘蛛状の尻尾で獲物をおびき寄せて捕食するらしい。なんていじらしいんだ。本当に可愛い。抱きしめたい。そしてきれいだ。

 私も左手を子供の髪の毛とか猫の顔とかにしようかな。しかし人間が寄ってきても絶対に食べたくない。

 

 

 五月は一年で一番調子が悪い。いわゆる五月病とは関係ない(と思う)。いい加減にしてくれ、という気持ちでいっぱい。

 

 来るべき酷さに備えて、甘いものをたくさんたくさん食べたい。泣きながら食べたい。せめて泣くぐらいはしたいと思ったけれど、意図的に泣くことができない。だから、泣くという選択肢は消える。こんなに感情的なのに涙が出ないなんて、完全に体の設計を間違えている。

 そういうわけで、甘いものを食べまくったら、さすがに体重がちょっと増えた。そりゃそうだ。増えた体重のぶんだけ、つらい気持ちに対処しようとしたんだなと都合よく解釈。

 馬鹿だなあ。甘いもの食べたって、体重と考え事が増えるだけだよ。都合よく解釈してる暇があるなら薬飲んだ方が多少マシだし、早いって。たぶん。

 

 何をやっていても同じだけ時間が過ぎる。それなら常に最善の選択ができたらいいんだろうけど、そんなことできない。

 私にできるのは、全部過ぎ去ってから「あの時はあれが最善だった」って言い張ることだけ。これが一番健康にいいんだろう。未来は過去を都合よく改変するためにある。

 (完全に余談だけど、高校時代、世界史が全然できなかった。世界中の過去に興味がなかったから)

  今は頭の調子が悪いので、こんなことを考えるとげんなりする。解釈をアクロバティックに変えて明るくなる行為に心底うんざりすることがある。人間が調子に乗っているようにしか思えなくて、それはそれでまた嫌になったりして、もうお手上げだ。

 ああ嫌だなあ嫌だなあ嫌だなあ嫌だなあ。またチョコが食べたくなるじゃないか。そんでまた、増えた数字を都合よく解釈しちゃうか。

 かわいいな。つらさのマッチポンプ楽しいか? 一生やってろ。いや、それはやだ。よし、おとなしくスクワットでもやってろ。

 

 スクワットしたら多少気分が紛れた。スクワットはすごい。

 でもまだちょっとつらい。つらくなってきた。背骨のあたりからつらさがどんどん分泌されている感覚。つらさが、ちょうど肋骨みたいな軌道で私の体の中を満たしていく。私には何もできないんじゃないかという気持ちになる。まだ何もしていないのに。何をやっても無駄か。

 

 ここまで私を凹ませる五月もすごい。まだ一日なのにすごい破壊力。

 例年通りなら、このつらさは上下しながら梅雨が明けるまで続く。 梅雨が明けたら今度は夏が来て、とうとう破滅する。