読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

 春だ。

 ちょっとコンビニに行って帰ってくるだけでも、桜と出会ってしまう。よく見ると桜だけじゃない、花がめちゃくちゃに咲いている。どこの家にも必ずプランターがあって、花がパカっと咲いている。気が狂いそうになる。

 

 大きな花が怖い。赤、白、黄色、どの花見ても全力で私を威嚇している気がする。

 一番怖い花は胡蝶蘭だ。カマキリの顔がたくさん連なって私を見ているように感じる。ゾッとする。華やかな場所やお祝い事の場に必ずあるので、胡蝶蘭を見つけるとさりげなく距離を取り、目を逸らして早足でその場を離れる。

 何がそんなに怖いのか。単純に、虫に似ているものがたくさんあって、しかも大きくて、じっとこちらを見ているさまが怖いのだが、それだけではない。

 あの、ただ咲いているだけのエネルギーが怖い。明らかに銃口がこちらを向いているじゃないか。それにしても、一輪一輪が何の言葉も持たずにただ開いている、それだけで世界に放出されるおそろしいほどのエネルギー量は一体なんなのだろう。

 花は多くの人に愛でられる存在だから、私の一存で切り落としたり燃やしたりするわけにはいかない。そんなことをしようものなら、器物損壊で怒られてしまうかもしれないので、私にはどうしようもない。ただ見ないようにするしかない。昨今の猫ブームの中、猫が怖い人ってこんな気持ちなのかも、と思う。

 

 昔、「あなたには月や花を愛でる感性がある」と言われたことがある。

 その時は、どう受け止めていいか非常に悩んだ。相手は褒め言葉としてそれを言ったようなので、私は極めて曖昧にお礼を言った。月はともかく、花を愛でるなんてとんでもない。なんらかの表現としての「月や花を愛でる」だということはわかった上で、まっすぐに肯定できなかった。どうしても花がよくわからない。

 そういえば、私の悪夢には花が大量に出てくる。具体的には、体長20cm程のミツバチの頭部だけが幼稚園児の描いたような花になっていて、何十匹もふわふわと家中を飛んでいたりする。虫と花の合わせ技はまさしく「悪夢」といった風情だ。眠りの中でさえ、花はどうしても愛でられない。

 恐れることは愛でることと同じだろうか。一見似ているけれど、やっぱり違うと思う。

 

 まあ、花なんて怖がっても仕方ないか。よくよく考えたら、一年のうちで四月・五月・六月はいつも調子が悪いのだ(正確には、春から梅雨の終わりまで)。怖がるべきは花じゃなくて、この先三ヶ月くらいの自分の状態じゃないのか。勘弁してくれ。こういう時はやっぱり、平野ノラさんのことでも考えておこう。何故か落ち着くのだ。