「これがあればうまくいく」

 これがあればうまくいく、は依存の元かもしれない。

 例えば、世界三大依存物質(?)である、セックス・ドラッグ・宗教。これらは「これがあればうまくいく」の「これ」に選ばれがちだと思う。他にはなんだろう、痩せ薬とか、整形とか化粧品とか、変な本や偉い人の言葉とか、よくわからんけど愛とか?

 ただ、それらを使うことで、「うまくいく必要」が「本当に」あるのか、いつも自分に問いかけておきたい。今後はそれを吟味して、何に頼るか/頼らないか、を決めてみようと思う。うまくいく必要があるならば、完全に頼りきる所存。そして、うまくいく必要がないなら、新たに依存しなくて済んだ。というところに落ち着くだろう。

 

 以下、この考えに至るまでのいきさつ兼日記。

 今日、違和感を覚えるくらい調子が良かった。何をしていても非常に穏やかで、体がこわばることも、物怖じすることもない。油断すると鼻歌まで出てきそうなほどには気分が良く、気分が良いので諸々の調子も良い。調子がいいので、なんでもかんでもうまくいってしまう、という状態。

 なぜだろう、と考えて、ゆうべ寝る前に飲んだ頓服のことを思い出した

 たまに、気分が落ち込みそうなときだけでなく、睡眠を深くしたいときにも頓服を飲むことにしている。ゆうべはガツンと眠りたかったので、寝る前に頓服を飲んだのだった。

 この薬の半減期は約14時間(と、インターネットのどこかに書いてあった)。これは、私が思っていたよりもずっと長かった。今日調子がよかったのも、諸々がうまくいったのも、ゆうべこのお薬を飲んだおかげだったのかもしれない。

 

 ああ、そうか。いつもお薬を飲んでいれば、いつもうまくいくかもしれないんだ。

 明日からも毎晩飲もうかな。毎晩じゃなくても、毎朝飲めばいいのかな。いや、今すぐ追加してみるか。そうしたら今日は一日中調子がよくて上手くいくかもしれない。やってみるか。

 

 ここまで考えたところで、脳にブレーキがかかった。

 ブレーキ曰く、

「それは依存の入り口だぞ」

「そもそも、そこまでして、いつもうまくいく必要があるのか」と。

 言われてみれば確かに、薬に依存するのはできれば避けたいと思っているし(そりゃ必要な時は飲むけど)、いつもうまくいく必要もないと思った。

 そもそも、今やっていることは、それが「うまくいく」ためにやっていることではない。私がそれをやるのは、ある報酬のため。しかも、今やっていることがうまくいかなくても、この報酬には響かない。

 よって、今やっていることは、本当はうまくいく必要がない。そして、私は「うまくいく」ために頓服を追加する必要もない。

 だから、今日は頓服を追加で飲まずに過ごした。それでも、夜まで調子がよかったので、「今日は」結果オーライ。

 いきさつ兼日記、以上。

 

 まあ小難しいことは考えずに、でも無駄に飲むもの増やさずに、ぼちぼちテキトーに、使えるもんは使って、依存したいものには依存して、好きなようにやっていくさ。結局好きなようにしかやりたくないんだからさ。

 好きなようにやんのが一番だよ。あー餡子食べたい。おやすみなさい。