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趣味で自分を騙せることに気づく

 最近とっても抽象的な音ゲー(比喩)を長時間やっているので頭が疲れる。あんまり無理しないようにと思っていたけど、思ってたより全然無理かもしれない。まあそのときはそのときで。無理じゃない状態を無理して続ける必要はない、ということだけわかっていれば、あとはどうにでもなる。たぶん。

 そんな中、自分を癒す手法としての「趣味」の重要性に気づいた。趣味に時間も金もかけすぎてきた人生で、失った諸々を少しだけ惜しく思うこともあるけれど、やっぱり趣味だけは多くてよかった。金も時間も、経験や思い出には代えられない、ということが身にしみてわかってきたのだ。

 とにかく「その場をしのぐ」ために、例えば好きな動画を見て元気付けられたような気持ちになったり、好きな歌を頭の中で再生してみたり、好きなアイドルの画像を見たり、趣味の場面で起きた面白かったことを思い出したり。それだけで、今日はなんとかなるような気持ちになる。

 これは完全に自分で自分を騙してるんだけど、騙して騙して騙し続けないと乗り切れないこともある。私は、そこを乗り切らなきゃならない。なぜなら、乗り切った先に、自分の部屋があって、ベッドがあって、一人の時間があるから。真の休息を得るためには、騙し騙し乗り切らなきゃならないのだ。毎日島から島へ泳いでいるような気持ちなので、自分を騙す行為は本当に「息継ぎ」って感じ。

 その息継ぎのバリエーションは、多ければ多いほどいい……と思う。儀式みたいに一つだけ決めて、それさえやれば全部リセットできるようなことがあれば一番いいんだろうけど、私には雑念が多すぎるし、飽き性だから無理。一つに絞れなくて、無限にルーティーンが増え続けそうだし。

 だから、なんというか、本当に、趣味があってよかった。

(趣味なんてなくても生活できるよ、という人のことは心の底から尊敬する。理由は、私と全然違うから。人間って本当にいろんな種類があるんだよなあ、不思議)

 

 というわけで今、自室で、めっちゃ自分で自分を癒しまくりのサイコーな時間を過ごしてる。部屋を真っ暗にして、リラックスした格好で体を温めて、プラネタリウムして、聴きたい曲を選んで聴いて、すんごいどうでもいいこと書いて、世界の誰にも見せられないような本当に無為な顔(無表情ともまた違う、本当に人に見せられないタイプの顔)をしている。

 そして、こうして書いてみて、ようやく「私はサービスが過剰なのかなあ」と気づいたので、明日からはもっとサービス削減しよう。気が利かないくせにサービス過剰になるのやめたい。気が利かないからこそ、サービスを過剰にしないと釣り合いがとれない、という悲しい現象もあるんだけどね……。

 とにもかくにも、この時間のために今日もよく泳いだな。息継ぎもした。息継ぎさせてくれた趣味たち、サイコーの息継ぎをありがとう。あと、ちゃんと趣味を蓄えてた今までの自分にもありがとう。

 あ〜、趣味、積んできてよかった〜!!!! 恩返しに(?)これからも積むぞ!! そのために、今日も寝る!