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かわとにく

 歯ブラシのヘッド部分を見つめてボーッとしていました。微妙に情報量が多いので、3分くらいボーッと見つめるにはいい部位だと思います。ただし、あんまり長い間見つめてしまうと歯磨きに躊躇することになります。注意が必要です。

 

 疲れていると汚い言葉が出てこなくなりますね。元気なときほど小学生みたいなことを言っている気がします。汚い言葉を使いたくない時は疲れておけばよいのだと学びました。本当は、疲れるような時こそ汚い言葉で自分を守ればよいのでしょうけど、どうもできませんね。

 とうとう「綺麗な言葉で他人を貶しつつ自分の立場は守る」という社会性スキルの習得のフェーズに入ったのかもしれません。私が一番苦手で嫌いなやつです。

 これって、皮肉みたいなことですよね。

 皮肉ってコミュニケーションに必要あるのか、本当にわからない……というか、正直に言えば必要性を感じません。相手が額面通り受け取ったら単に褒めただけのように聞こえる、しかし自分は本当は相手を貶したい。って、意味がわかりません。矛盾ですよね。ストレートに貶せばよいのでは。「皮肉」というコミュニケーションがあることで、何か言われるたびに己のあらゆる間違いの可能性を洗い出さねばならなくなって非常に面倒ですし、相手にも同じような面倒をかけるならば、無い方がよいのでは。皮肉を言う行為は、コストばかりかかって、得るものが少ないような気がします。実質、単なる煽りでしかないと思います。……などと考えてしまうので、私自身はよほど血迷っているときしか使えません。

 そして、使っても、良かったことが一度もありません。下手くそなんです。社会性がないので。おそらく、意図する通りに綺麗に決まったら楽しいんでしょうね。

 理解できないし、必要性がわからないから今はやらないだけで、もし必要性がわかって理解できたら、いつかやってみたいと思います。新しい技術を身につけるわけですから、新しい趣味に目覚めるようなものですよね。そう考えたら楽しくなってきました。必要性を感じませんけど。

 

 ちょっと面白い話や変な話、新しい話などが本当はいろいろあるのですが、広く世界中に、ワールドワイドウェブに向けて書くような話ではない……いや、書いてもいいのかな。全然自分に関係無いことですし、極限まで匿名性を高めて書くこともできるので、書いてもいいんだろうなとは思うのですが、やはり気がひける部分があるので、うん、書かない方がいいのでしょう。

 この「気がひける」というのは、私の吹けば飛ぶよな理性の中に残された貴重なブレーキですから、大切にします。今日も頑張りました。おやすみなさい。