でんぐり返し

 何ヶ月かに一回、定期的にでんぐり返ししたくなるので、私は森光子かなんかかもしれない。じゃなきゃ、『ぼのぼの』のアナグマくんか。

 ちなみに、今日がその「でんぐり返ししたくなる」日だったので、でんぐり返しした。スッキリした。

 でんぐり返しすると、頭が一瞬で空っぽになる。呼吸が一瞬止まるせいかもしれない。私が一周するからかもしれない。なんにせよ、でんぐり返しは私の重要なライフハックの一つである。

 

 でんぐり返しに適した場所というのは、硬すぎず柔らかすぎない床だ。畳の上なんかが非常にちょうどいい。この家で一番清潔な畳の部屋は母の部屋なので、でんぐり返しがしたいときは母に一声かける。

「あの、でんぐり返ししたいので、部屋を借りていいですか。一瞬で終わるので」

「いいよ」

 この程度で済む。母も父も私がでんぐり返しすることになんの疑問も持たない。猫は持っているかもしれない。そして、私自身は疑問を持っている。

 なぜでんぐり返しなのか。数ある運動の中で、なぜでんぐり返しに対する衝動だけがこんなにも高まるのか、全く理解できていない。

 もしかしたら、でんぐり返しをしたいという気持ちは普遍的なもので、案外たくさんの人がでんぐり返ししているのかもしれない。誰にも言わないだけで、皆がこっそりと自分の部屋でぐるりと回っているのかもしれない。粛々と、なんらかの儀式のように構えて、伏して祈るように回るのかもしれない。

 想像するだけで笑ってしまう。皆こっそりとでんぐり返ししているのだ。あのコンビニのレジのおじさまも、スーパーの品出しのおばさまも、軽自動車を運転している若い女性も、自転車に乗って横並びに走る中学生たちも。絶世の美女も世界的なスポーツ選手も、部屋で正しく回っているのだ。

 おかしい。みんな地面に頭をつけて回る。関節が変な方向に曲がらないように気をつけながら。妙にスッキリした気持ちで、ポーズまで決めて。人間はなんでもやる生き物なので、これぐらいのことはあり得る。あり得るけれど、おかしい。

 

 今夜、私のようにでんぐり返しした人は、いったいどれくらいいるのだろう。こんな平凡な私がやるのだから、半径10km以内にもう何人かいても不思議ではない。不思議かしら。不思議だったらどうしよう。全然不思議じゃないのに。猫や犬や虫や草がでんぐり返しするより、ずっとふつうのことだと思う。うん、ふつう。今日も世界はふつう。