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ある特定の音楽

 人の多いところを歩いていたら、魔が差した。しかし、何も起こらなかった。私は基本的に反応が遅い人間なので、魔が差した頃にはもう然るべきタイミングが過ぎ去ってしまっていたからだ。

 例えば、帽子をかぶった人とすれ違ったとき。私はその人と完璧にすれ違い切った後になってしまってからようやく、「あ〜、すれ違いざまに帽子をはたき落したら、今の人どうなっちゃうんだろう……。やってみるか? いや〜戻ってまでやりたくはないな」なんて思うのである。

 今日は特に魔が差しまくったのだが、毎回毎回こんな調子だから、私はただの無害な通行人でいられた。平和。

 こんなとき、「ああ、私が他人をジロジロ見ないタイプで、ついでに反射神経とか運動神経がうまくいってなくてよかったなぁ」と思うのである。

 もし私が他人をジロジロ見るタイプだったなら、他人に対して魔が差すタイミングも早くなるから実行可能になってしまうし、魔が差すことも増えてしまうだろう。運動神経やら反射神経やらが普通以上だったなら、確実に1回は実行してしまっていたのではないかな。下手すりゃ前科持ちか。恐ろしい恐ろしい。

 私が反応の遅い人間で本当によかった〜。サンキュー私〜。

 

 ある特定の音楽を無性に聴きたくなったので、プレイリストをせこせこと作って、今聴いている。

 この「ある特定の音楽」というのが、私に「ある特定の問題」を次々と自覚させるので、非常に厄介だ。

「なんでこの部屋は氷でできてないんだろう。なんで私は今氷のベッドにいないんだろう。なんでこの部屋は天井が開いてないんだろう。なんで夜空に煌めく星々が私を見つめていないんだろう。なんで息が白くないし凍りつかないんだろう。なんでここで雪が降ってこないんだろう。なんでここで都合良く深紅の薔薇が一輪、私の手元にないんだろう。なんで私は今こんな部屋着を着ているんだろう。なんで……」

「なんでここは霧に包まれた緑鮮やかな森じゃないんだろう。なんでここに百合が群生していないんだろう。なんで私はドレスを着ていないんだろう。なんで私は森の中をさまよっていないんだろう。なんで……」

「なんでここは月光の差し込むベッドの上じゃないんだろう。なんで私は寝そべっていないのだろう。なんで……」

「なんでここは廃れた未来の都市じゃないんだろう。なんで……」

 ある特定の曲は、ある特定の場面を想起させる。そして私は、いま自分がその場面にいないことに違和感を覚えてしまう。バカでしょ?

 曲によってまちまちだが、曲を聴きながら想起する場面がいちいち違うので、毎回違う問題が起こる。この問題を解決する方法は「目を閉じて聴くこと」なので、たったこれだけのことを書くのにずいぶん時間がかかってしまった。ね、バカでしょ?

 でも、これをやるのが凄く好きだし、やらざるをえないから、今後もやっていくのだろう。一生バカだね。さて、音楽はまだ続いているので、目を閉じよう。おやすみなさい。