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「やると思った」

 私は大変わかりやすい人間のようで、「言うと思った」「やると思った」みたいなことをいろんな人に言われる。誰でもそうかもしれないけれど。生身で会う人の3分の1くらいには言われている気がする。

 「やると思った」で一番印象に残っているのは、友人と映画を観た後に

「『XXX(私)ちゃん、あのシーンにめっちゃ反応するだろうなあ〜』って思って、そのシーンでXXXちゃんのほう見たら、本当にガタッてなってて笑ったわ」

と言われたことだ。私じゃなくて映画を見ろよ何しにきたんだコイツと思ったけれど、友人はその映画を既に3回見ていたから、そんなことをする余裕があったのだろう。映画を見ている時ですら私はわかりやすいのだ。

 わかる人には、私が好きそうなもの、言いそうなこと、やりそうなこと、歌いそうな歌とそのタイミングがだいたいわかるらしい。実は後出しジャンケンである可能性も無きにしも非ず、だとしても、「やると思った」を言われるたびに素直に驚いてしまう。これは、私に他人の行動を予測する習慣と能力がないからかもしれない(興味がないとも言う)。

 

 それで、最近ふと思ったのが「私がやりそうなことデータベース」の作成が可能なのではないか、ということ。

 今までの人生で私に「やると思った」「それ、言うと思った」「こういうの好きだろうと思った」と言った人たちに、ねちっこくねちっこくインタビューして、私がやりそうなことデータベースを作る。残念ながら、自分の中にはこのデータベースはないし、自分で作れたとしても無意味なのだ。データベースの内容は、あくまで「私っぽい」と他人が思っている、ということが重要だ。

 データベース作成の目的は、意思決定の簡略化と社会的エラー頻度の減少。

 生きてて一番疲れるのはそこだから。適度に一貫性がある人間として安穏と暮らしたい。例えば、好きな服を着ただけなのに「XXXさんってそういう系の服も着るんだ〜! 意外〜!」って驚かれると、ハァ? って思って、それだけで本当にキレそうになり、精神によくないから。私っぽさがどこかにあるなら、それに従っていたほうが絶対に疲れない。

 

 全部「私がやりそうなことデータベース」で決まる生活について妄想してみる。

 夜の何時にはベッドに入って(データベースを元に決定)、何時には起きて(データベースを元に決定)、朝ご飯(データベースを元に決定)を食べて顔を洗って化粧して、何時何分には持ち物(データベースを元に決定)の確認をして家を出て、何時何分までに到着する。遅刻しそうな可能性が出たタイミング(データベースを元に決定)で、すぐ連絡する、そのときの文言もデータベースを元に決めたいし、無事間に合った時の表情、歩く速さ、挨拶の声のトーン、何から何までデータベースを元に決めたい。仕事中のテンション、休憩時間の雑談も不自然じゃない程度に私っぽく決定する。仕事が終わって帰る時の挨拶の声のトーン、身のかがめ方、表情、仕草、全部その時その時でデータベースを元に決める。帰宅して、即座に部屋着(データベースを元に決定)に着替え、夕飯(データベースを元に決定)を食べる。データベースを元に風呂に入ることに決定して、データベースを元に決まったから使っているシャンプーやコンディショナー、ボディーソープやクレンジングや洗顔料を、データベースを元に決められたように使いたい。データベースを元に風呂から上がって、データベースを元にスキンケアして、データベースを元に私が好きそうなものだけ集めた部屋で、データベースを元に筋トレしている最中に誰かからの連絡が来たら、データベースに基づいて私っぽく返信して「言うと思った(笑)」なんて言われたい。大成功だ、最高だ。もう、それでいいじゃん。一生そういう感じで行こう。

 

 ……というようなことを考えていたら、これまた別の友人に言われたことを思い出した。

「あんたが言いそうにないことってわからない。……ないんじゃない? なんか、なんでも言いそうだし、やるよね」

 こいつをデータベース作成に参加させない方法だけよく考えなきゃいけないな、と思った。