許容範囲ガバガバ系世間知らず

 今日は、走ってもいないのにブレーキをかけた。走り出してからじゃどうにもならないことがたまにあるから。地理的制約、時間的制約、物理的制約など、走り出すには様々な制約をクリアにしないといけないのに、たまにそれを忘れる。オールグリーンになるの待ってたら、なんにもできないとは思うけど。

 最低限のブレーキで済みそうな、現実的なやり方がどこかにあるはず。そして私の知る現実はとても狭い。もっと広くしなきゃ。

 私は、いい年こいて世間知らずだ。そのせいか、許容範囲(?)がガバガバなのだ。

 誰にどんな体験談を聞かされても、ひどく深刻な顔で絞り出すように何かをそっと打ち明けられても、「これ誰にも言ってないんだけど……」みたいな話であっても、全部「そうなんだ。それで?」で済ませてしまう。面白そうなら面白そうだと思うし、楽しそうなら楽しそうだと思ってしまう。興味が高まると、話の続きを促して、吐けるだけ吐かせて満足する下衆な人間でもある。相手の反応は様々だ。話している途中で泣き始めて、さらに深い悩みを話し始める人。話しながらどんどん盛り上がっていく人。全部話して楽しそうな人。それを見て私は満足するだけ。私ってほんとにやなやつ!

 話が逸れちゃった。世間知らずなので許容範囲がガバガバなのだ、という話。

 良い/悪い、いや、許される/許されないの基準が完全にズレている可能性がある。そもそも、誰かの内面や体験について許したり許されたりすることがよくわからない。一体誰が許さないのだろう。もし極限まで、己の何かを誰かに許して欲しいなら、ものによっては私が許すけどな。「はい、許すー! ていうか許し、要る?」って。私に許されても何の意味もないか。基準が曖昧ゆえの、すべてに対するどうでもよさが、私にはある。

 ついでに、自分が(得体の知れない何かに)許される/許されないということにも無頓着なので、この辺が社会への適応を妨げている気がする。

 困った困った。知っていこう。作法の世界みたいだからね。めんどくさ。

 知るというか、インストールしたい。もっと言うと、服みたいに着たり脱いだりしたい。マナー系の本を読めばいいのかな。何がアウトで何がセーフなのか、やっぱりよくわかっていないので、そういう社会の不文律を一旦知っておきたい。

 知っていたはずなのに忘れたのではなくって、もともと未履修の科目なのだと思う。なんとなくわかってきたのは、不文律は集団(小さめの社会)によって違うので、非常に面倒臭いということ。でもそれをどうにか読んで合わせたり適度に蹴ったりすることでみんな生きてるんだろうな。はーめんどくせえ、心の義務教育が終わらなかった。これからやりまーす。おやすみなさい。