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 最近になって、自分がまともな人間ではない証拠がたくさん出てきた。薄々感づいてはいたが、ようやく人間の自分を諦められるかもしれない。

 

 冬になる前のある日、体を洗っていたら、背中、ちょうど右の肩甲骨の下あたりに妙なひっかかりを感じた。あれ、と思って、右手で背中に触れてみると、親指の爪のようなものがたくさん並んでいて、いくつもいくつも皮膚から飛び出しているようだった。

 悪寒が走った。すぐさま風呂場の鏡の曇りをシャワーで流して、背中を向け、無理な体勢で鏡を見る。視力が悪いのと、鏡がまたすぐ曇ってしまったのとでよく見えなかったが、そこには確かに黒い鱗が生えていた。

 焦った。剥がせないかと思って、鱗を一枚いじってみたけれど、鱗の付け根がじんじんと痛むだけで、ビクともしなかった。何事もなかったかのようにシャンプーをしてみたら、洗い流した泡が鱗の付け根に滲みた。

 風呂場での用事を一通り終えて、改めて鱗を剥がすことにした。一枚を無理やり剥がすことに成功した。すると、刺すような痛みと共に血が一筋垂れてきて、慌てて洗面所のティッシュでおさえた。ティッシュを何度か取り替えて、折りたたんで重ねて、下着で固定した。寝間着になって、自室に篭った。

 今度は眼鏡をかけて、合わせ鏡で背中を見てみる。黒く虹色に光る鱗が、3cm×5cmほどの面積に、見える限りで11枚。さきほど剥がした鱗の痕は、まだ瘡蓋になっていなかった。

 当然、不安になった。これは一体なんの病気なのか。皮膚科に行けばいいのか。一生治らなかったらどうしよう、このまま鱗の範囲が広がったらどうしよう。単なる目の錯覚である可能性に賭けて、再び鱗を撫でてみても、やはりそれは鱗なのだった。その日の晩はよく眠れなかった。それから数ヶ月かけて、じわじわと鱗は範囲を広げていった。

 年は明けて一月、初詣に行こうとして厚めのタイツを履くと、右の太ももの裏に何かがひっかかった。羽毛だった。タイツが伝線しないようにそっと腰まで上げて、スカートを履いた。初詣どころではなかったが、賽銭箱に小銭を投げて、「何でもいいからはやくよくなりますように」と祈った。当然、祈りは届かなかった。右の太ももは、三が日が開けるころには羽毛で覆われていた。

 数日後、左の太ももの一部がやけにぬるぬるするようになった。不快感の正体を掴むため、トイレでズボンを下ろすと、太ももの一部に鮮やかな黄緑色の皮膚が形成されていた。

 カエルだ、とわかった。

 それから数日かけて、私の左足はカエルの脚のようになっていった。脚の表は黄緑色、裏側は白色になり、足の指は丸くふくらんだ。持っている靴が一つも履けなくなったので、外に出られなくなった。室温が下がると、左脚だけが動かしづらくなった。

 そうこうしているうちに、今度は肩甲骨の間からやけにぱさぱさしたものが生えてきた。鏡で確認すると、トンボの羽が生えていた。手でくしゃっと握ると、そのまま壊れてバラバラになってしまう。羽を壊しながら生活しているので、とくに不便はないけれど、ゴミ箱に溜まっていくぱらぱらした透明の物体が奇妙で落ち着かない。

 そして最近。右腕は、白と黒の短い毛に覆われている。左腕は年季の入った木の枝のようで、左手の指は蕾。五つの蕾がそれぞれ春をじっと待っている。両方のこめかみの皮膚を、固く尖ったものが破ろうとしている。うなじにもようやく黒い鱗が生え始めてきたし、唇はどんどん固くなって突き出てくる。舌は細く長くなってきた。犬歯がなんとなく伸びてきた気がするし、黒目の数だって増えてきた。もう普通のメガネでは対応しきれなくなっている。こんな手では、歯磨きをするのも、PCやスマホで文字を打つのも一苦労だ。季節柄、服を着込んでマスクを着用し、眼鏡をかけて伏し目がちにしていれば外に出られないこともないが、ヒトとしての暮らしは相当厳しくなってきた。

 

 ここまできたら、まともな人間でいることを諦めざるをえない。そもそも、何の動物になるのかさえわからないのだ。私は一体どうなってしまうのだろう。

 一方で、この状態にとても興奮している。楽しんですらいる。私は人間をやめて、どんなクリーチャーになれるのだろう。明日はどこが変わるのか。楽しみだね〜ってことで、おやすみなさい。