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長い胸

 子供の頃、夏休みにプールに行ったら、おばあさんが胸をモロ出しにしていた。モロ出しになった胸は、ちょっと信じられないくらい長かった。右胸をぺろっとめくりあげて右肩に乗せ、天日干ししていた。

 衝撃を受けた。たかだか小学2〜3年生ぐらいだった私は、あのおばあさんが自分と同じ人間には思えず、母と同じ人間にも思えず、というかその場にいた他の誰とも同じ人間には思えなかった。胸というか、おっぱいひとつであんな破壊力をもたらす存在とは。

 今となっては、当時の私が本当に「それ」を見たのか定かではない。ただ、真夏の太陽に照らされて白く光っていたおばあさんのおっぱいの裏側のことだけが頭から離れない。

 

 ここ数年で、おっぱいというのはどうやら本当に長くなるものらしい、とわかった。同世代の他人のおっぱいを銭湯などで観察して、なんとなくわかった。ただし、私のは長くなる素養が全然ないので(察しろ)、日に日に増す肩にのしかかるような焦り、つらさ、悲しさ、虚しさのようなものはまだわからない。死ぬまでわからないかもしれない。……わからないだろうな。

 胸部に迫力がある人への憧れは、一時期は強かった。わたしはいずれ豊胸するんだろうと本当に思っていた。いろいろなものに絶望していたのだ。

 今はそのあたりの絶望が減ったのか、ただ単に諦めたのか、「まあいいや別に……」の段階に到達した。

 大は小を兼ねる、一長一短、帯に短し襷に長し。

 全部真実だとしたら……せめて襷くらいには、と思わなくもないけれど、「大」を兼ねられない「小」にも「一長」が本当にあるっていうのなら、それでいいんじゃないかと思った。「一短」どころじゃない気がしちゃうけど。一長って、ごく限られた利便性としての一長でしかないんじゃないかとも思ったけど。

 ああ、諦めたんだな、これは。99%諦めることができた。言ってしまえば、興味がなくなったのだ。だからもう、これはこれでいいや。

 

 ……というようなことを母に話したら、母は鼻で笑って「小さくても垂れるらしいよ〜」とニヤニヤしながら伝えてきた。やっぱり人間は悪い、本当にこの世はクソ、世界爆発しろ、いやもういいわ人間なんて世界なんてもういい、私が今すぐ死ねばいいだけだ……に一瞬で到達しかけた。

 しかしそのとき、私の脳裏をよぎったのは、燦然と輝くおばあさんの右胸(の裏)だった。

 きっとあれは、もともと大きかったのに加えて、妊娠して胸が膨らみ、大きくなりきった結果で、その後、日々の生活を重ねて少しずつ長くなっていった、由緒ある右胸だったに違いない。

 「私のはきっと、あんなに長くできないし、ならないだろうな」と、自分の胸に手を当てて考えてみた。手は「できないし、ならないでしょうね」と答えた。