自分の趣味が良すぎる

なぜこんなにも自分のことを受けいれられないのに、何もかも捨てられないのか。

一時間ほどの気分の乱高下を経て、突然答えが降ってきた。

「私は私の趣味が大好きだから」。それで全部説明がつく。

 

私の趣味、めっちゃいいと思う。ごめん、正直言ってマジで最高だと思う。よくこれだけ良いものばかり蓄積してきたね。そればっかりは自分のこと褒める。
マジでいい趣味してる。皮肉とかじゃなくてマジで最高。いや本当に。

趣味なんて自分の好き嫌いで選ぶもんだから、自分の趣味が気にくわない人って、そんなにいるわけない。だとしても、私は自分の趣味があまりにも好きすぎる。

ああ、私の部屋、最高だ。どこ見ても好きなものしかない。惚れ惚れする。宝の山かよ。PCの中身も最高。積んであるCDやDVDやゲームも、その辺にしまってある服も、もう何年もそこに並んでるだけの本も、全部最高。あまりにも趣味が良すぎてびっくりする。

自分のことが嫌いすぎるのは、この最高すぎる趣味に全然追いついてないからだろう。自分でさえなければ完璧なのに、なんてよく思う。でも死ぬまで自分であり続けるしかない。
こうなったら、一生かけて自分の趣味に自分を合わせていくんだ。できるかどうかは別として、できたら最高だ。そして1%でも欠けたら最悪だ。
そういう心のありようも、私の趣味だから、もうこれはどうしようもない。好きでやってんだ。自称・最高の趣味で。

 

こんなことを考えたのは、今日の『クローズアップ現代』を見て、自分の非合理性みたいなものが、一瞬本当に憎くなってしまったから。

なんで合理的な・正しそうな道を自分で選べないのか、思い描けないのか、実行できないのか。生存するのに適した戦略をなぜ取れないのか。

ぐるぐる考え続けた結果、それは結局「自分の趣味、好き嫌いがこの世で最高の判断基準だから」だった。
次の行動が合理的かなんて、生まれてこのかた一瞬も考えたことがない(こんなんでよくやってこれたもんだ)。

それに気づいてしまったらもう、何もかも仕方ない。
今更舵はきれない。たとえ人生ボロボロでも。
死ぬまでやりたいことやり続けるだけ。死ぬ時は私の趣味が私の死体を抱きしめてくれるさ。

 

人間は何十億人もいるのに、一生一人で自分の趣味の世界に閉じこもるのか、と言われちゃうと、「いや、私、そういう趣味なんで」としか言えない。一生自分の檻に入ってるよ。そういう趣味だから。面白いくらい自分の趣味が好き。私は私の趣味の信者だ。クソほど楽しい。

あ〜めっちゃ趣味がいい。いらないもの一つもないわ。
趣味が良くって良かった〜〜。マジで本当に良かった、趣味が良すぎる〜〜〜。最高。本当に良かった。