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他人に興味ある人が怖い

日記の書き出し、数パターン考えて悩んでた。

その中でも特に「え〜、故人(※私のこと)は〜」っていうのがビンビンに来てたんだけど、「故人(※私のこと)は」の後が全っ然続かなかったので、まだ書くときではなかったっぽい。思いついたら書く。
そもそも、最後にお葬式に出たのが小学生の頃という、ハイパーラッキーな人生を歩んできたので、いまいちどういうことを言えばいいのかわからない。
生育歴、どんな活躍をしたか、どんな人だったか、を、言うのかしら。活躍してないから何も言えない説ある。

今、めっちゃ「末路」っぽい感じがする。でも、ほんまもんの末路はこれからや。末路はまだまだ続くんや。奈落の底にも二段底、ここが地獄の一丁目だか二丁目だかァ知らねえが、実は本当の末路はそんなところにはない。
この肉体が死ぬ時のみが本当の末路。体はなかなか逃がしてくれない。

他人にも他人の考えがある。それを本当に気づいたのは数年前のこと。

であるにもかかわらず、未だに他人及び他人の考えに興味がない。

その理由について今まで考えたことがなかったのだが、今日、病院と薬局の領収書を整理している途中で急に思い浮かんだ。

「考えても考えても、どうあがいても正解にならないものについて、考えることは無駄だと学習したため、他人のことを考えるのをやめた」

これが暫定案。

他人のことって、どんな風に考えたって絶対に正解にならない。「答えがない」のとはまた違う。「正解にならない」のだ。
何を言ったって、違います、と言われてしまえば正解にならない。つまり、失敗する。「他人を考えることに失敗する」は、時に、狭くとも重大な社会からの制裁として身に降りかかる。
そんなことばかり繰り返してきたため、考えること自体をやめた。無駄だと思ったからだ。

やってもやっても失敗することを、いつまでも続けようとする動物はなかなかいないだろう。ある程度知能のある動物には学習能力がある。

ラットや犬はその学習能力を買われ、社会貢献に使われる。

おそらく人間にも同等の学習能力がある。PTSDという現象がそれを裏付けている。

ただ、絶対にやけどをするとわかっているのに、何度も熱湯に指を突っ込むような人もたまにいる。人間の学習能力は「(自分or他人or社会の)意志」という、とんでもなく恐ろしく強固なものに阻害されることがある。

その学習能力を「他人のことを理解しようと努めるだけ無駄」という方向に使ってしまったものの末路、が今の私なんだろう。

どうあがいてもできないものに、興味を持つのは無駄。そこでシャッターが降りた。

他人に興味がある人って、他人のことを考えるのがめちゃくちゃ得意な人か、ただ単に他人の情報を握りたい人か、他人の「正解」がなぜか自分の中にあるので自己完結できる人なんだと思う。

「いや、あなたの場合は学習能力云々じゃなくて、そもそも先天的に……脳のつくり的に……」って言われたらお手上げぴょん。

 

でも、他人も他人に興味ないんじゃないかと踏んでる。
だからこそ、他人に興味ありすぎる人を見るとめっちゃビビる。
興味がありすぎる人は、私の気持ち、今起きているであろう身体反応、さらには未来まで勝手に予測していたりする。そういうのを聞かされると、ハァ、すみません、わざわざ妄想を開陳していただいてありがとうございます、としか言えなくなる。

そういえば、今日の夜のニュース番組を見ていたら、実在する人物を映しながらのナレーションに「昨晩はなかなか眠れなかったのでしょうか」という妄想全開の語りが入っていて、「は?」と思った。
いや、妄想いらないでしょ、ニュースなんでしょ。
その人が寝不足かどうかなんてどうでもよくない? えっ?だって、視聴者のほとんどに関係ない人だよね?
「なかなか眠れなかったのでしょうか」ってそんな妄想を台本書いてる人がしてますって情報、必要だった?

そんなものを放送するぐらいなのだから、大衆にとってそれなりの需要があると見込まれた上で、妄想を垂れ流したのだと思う。
ということは、他人の寝不足に興味がある人が結構多いのだろう。うわ、なにそれ怖い、きも……。キモちゃん……。

 

キモちゃんで終わるの嫌だからスキちゃん貼って寝ます。おやすみなさい。


スマイレージ 「スキちゃん」 (MV)