報酬の与え方の話

今日? ふふっ。なんにもしなかった。

 

っていう書き出しにならないように、今日できたらbestの作業をやっつけた。あぶねーあぶねー。

たまにやりたくなるんだよな、「〇〇? ふふっ。ホニャララ」構文。やりたくなるというか、使いたくなる。それにしても、ホニャララって打ったの生まれて初めてじゃないかしら。使いそうで使わないホニャララ。微妙に打ちにくいホニャララ。左手の中指と小指が妙にせわしいホニャララ。

雪かきをしている母が 「ほら、あそこ。猫が窓のところまで来て、私をずーっと見てるのよ。そうすると、頑張らなきゃ! 早く終わらせなきゃ! っていう気になるじゃない?」 と言っていた。私は特にそうは思わなかったので驚いた。

応援って、本当に効果あるんだ……(猫が見ている行為が本当に応援かどうかは別として)。 そして、母は応援が効果あるタイプの人らしい。私は応援の効果を感じたことがない。

私は応援の恩恵をおそらく受けたことがない。応援されたことは、ありがたいことに何度かあるけれど、だからって「よし、何が何でもやるぞ!」と素直に思えたことがない。 「あ、はい、頑張りま〜す」ぐらいの返事をして、あとは「あんなに応援してもらったのに失敗するなんて私は最悪な人間だ、死のう」or「あんなに応援してもらったけど、別に、私のペースでやるわ」のどちらかに着地してしまう。なんてやつだ。結構ひどいやつだ。ど直球のクズだ。

だから、小中高でやらされた「応援」という文化がイマイチしっくりこなかった。 特に、小中高でよくやらされた応援練習では、 「こんなやる気のない大声聞いて、本当にやる気出るのか?応援歌って本当にやる気出るのか?励まされるのか?」 とずっと疑いながらやっていた。上級生に「もっと声出せ!!」と言われるためだけにやっているものなんだと思っていた。学校教育の一部なんだと信じて疑わなかった。 こんな考えのまま大きくなったので、何かで優勝したスポーツ選手が「皆様の声援が聞こえて〜」などと言うのを聞いて、「ファンサービスって大変なんだな」としか思えなかった。 それほど「応援」の効果を信じてこなかったのだ。

でも、効果あるんだなあ。すごいなあ。頑張れって言われて頑張ろうって思えるってすごいことだ。

 

私がされて嬉しい応援ってあるのかな。やる気出したり、行動するために必要な他者からの言葉。

真剣に考えた結果、現状をめっちゃ褒めてもらった後、「できるよ〜!絶対できる!」と言ってもらって、女子のほどよくハリのある二の腕でギューっとしてもらって、いい匂い嗅ぎながらべちゃべちゃに甘やかしてもらうといい気がした。報酬先払いor報酬の都度払い。

脳の話に飛ぶけど、私はおそらく報酬系の働きが弱いので、報酬があまりにも遠いとやる気がなくなる。こまめにご褒美があればやる気が持続する。多分そういうことなんだと思う。

問題は、いい匂いがして二の腕にほどよくハリがある、バブみ(※母性らしきものを指すネットスラング)を感じさせる女子が周囲にいないことだけだ。しかしこれが重大な欠陥でもあるのだ。私が男だったらおっパブにでも行けば済むんだろうけどなあ……。 うーん、代替物としては猫だろうか。猫は可愛いけど褒めてくれないし、むしろ私が毎日100回くらい「可愛い」って褒めてるんだよなあ、完全に本心で。そもそも猫に何か求めるなんて間違ってるからやめよう。 いっそ、アライグマのぬいぐるみに褒めてもらうか。裏声で「今日も頑張ったね〜えらいえらい!明日も090ちゃんならできるよ〜絶対できる〜!明日も褒めるから頑張ろうね〜!」って言うのか。自分で。うわ。

 

何を言ってんだ私は。面倒だから自分でやれ。はいはい今日はちょっと出来て偉かった偉かった。報酬出る作業だからちゃんとやったのは偉い。明日も何かやれよ。今からでもいいけど。

ついでに、つらいのに生きてる人たち偉すぎ、疲れたら休もうね。たまに人間やめながらさ。私、今日は人間やめたいって10回くらい思ったから、そろそろやめて何かになろう。 そうだ、明日、なんかの設定作って暮らすやつやろう。何にしようかな。貴族にするか。一人称「わらわ」な。起きたら忘れてそうだな。うん。おやすみなさい。