ものさしの話

多分、私なりの最適解がどこかにある。多分。 最適解って何だろう。抽象的すぎた。おそらく「一番合っている環境」のことだ。私の中の最適解はそれなんだろう。結局動物だから環境に左右され続ける。

なんらかの刺激を受容して、処理して、行動に移す。その積み重ねが人生なのだから、刺激は大事。刺激は環境に与えられるものだから、環境が大事。そういうことだ。 もう自分の意志の力なんて信じちゃいない。信じられないよこんなやつ。自分が一番わかってる。 だから処理と行動のところなんてあてにしちゃいけない。環境を整えるしかない。一番いいのはどこだ。どこなんだ。

全然関係ない話。

新入社員には素直さが必要と言われたが、「素直」の意味がわからないまま退社してしまった。 辞書で引いたら「正直であること」の次に「従順であること」と書かれていた。 私は正直であることならめちゃくちゃやったけれど、全然従順じゃなかった。従順って多分、とりあえず理由がわからなくてもハイッて言ってやってみること、なんでしょう。私は理由がわからないと何も理解できないから理由をめちゃくちゃ聞いたし、筋が通らない話は通るまで問答を繰り返していた(今思えばなんちゅう新人だ)。あの頃の上司、大変だったろうな。私も大変だったんだけど、こればっかりはな。社会不適合者って私みたいなやつのことだな。なんで面接で落とさなかったんだ。 私は私みたいな上司がいたら楽だけど、私みたいな同期や部下はちょっと面倒に思うだろうし、私みたいな園児や児童や生徒の面倒は見たくないし、私みたいな子供は育てたくない。

ウーーーン、働けないっすね(笑顔)!

NHK自閉症の作家の人の特集を放送していた。 いろいろとすごい話だったので、大した感想は書けないし書きたくないのだけれど、 「自分のものさしで決める」ことが、実は本当に幸せになる方法なのかもなあと思った。

私自身、社会とか他人のものさしを内在化しすぎているのには薄々気づいていた。 「人の目を気にしないで適当にやってる私!」って自分に言い聞かせていただけで、その裏では他人の物差しにグサグサ刺されまくって血まみれだった。『少女革命ウテナ』で、アンシーが百万本の剣に刺されている画があったけれど、ああいう感じ。あんな状態でも「私は私の思うようにやってるんだ」と言っていた。いや、今も言ってるか。

私を不安にさせるものは未来だ。未来があるから今こんなに不安で沈んでいて、辛くてイライラして、頭を殴ってるんだと思う。その未来ってものの設定は、丸々誰かから借りている。

その設定にたどり着けそうもないから、今もこうやって他人の物差しでグサグサ刺され続けている。私の物差しが、それも世界一頑丈なやつがただ一本あれば全部解決する。その物差しが欲しい。 私には自分の物差しがない。恐ろしいことに、本当にない。「ここまでくればOK」の基準は全て他者に求めてきた。私がOKかどうかは私が決めることではなかった。自分ではOKだと思っていたら全然OKじゃなかった、を繰り返して自分の物差しが信用できなくなった。正しく測れない定規なんてただの不良品だから、粉々にしてどっかに捨てた。 そうして、常に誰かに測ってもらって、OKとNOを求めて、OKを疑ってNOは信じるようになった。これはものすごい矛盾だ。他人のOKも信じるべきなのに、NOだけを信じた。明らかに間違った使い方をしていた。でもこの癖はなかなか治らない。最近多少マシになってきたかなと思うけど、どうしても他人のOKはシャットアウトしてしまう。そこが一番大事なところなのに。

未来が不安にならないために、必要なのはやっぱり欲や野望だ。結局それが私の物差しになるんだ。さらに、適切なキャラ設定ができれば、あとは自在に暮らしていける。のびのびと死ぬまで生きられる。 そのはずなんだけど、なんでこんなに難しいんだろう。 人並みの幸せはもう無理でしょう。結婚、全部わからん。子供は要らない。仕事は……やりたいのはやりたい。お金が欲しいから。 お金で、何が欲しい。欲しいのは、遊ぶ金と時間にかける金。だから欲しいのはとにかく遊ぶこと。……遊んでいたい。たまに美術館や博物館に行ったり、変な料理食べたり、本当にどうでもいいことばかり話して、お酒を飲んで、本を読んで、インターネットして、たまに出るポケモンの新作をやって、ライブ行って、「いやぁ〜〜今日のXX本当によかったよねえ、あの曲のあのパートでXXがこうやって……」とか話して、映画を見て、CDを買ったり借りたりして、たまに服やら化粧品やら買って、メイク変えていいねいいねーって褒められたいし私も褒めたい。未来が本当にそうだったらいいのに。今からでもそうなればいいのに。今からでもそうなっていいのに。何やってるんだろ、何やってるんだろ。

ていうかこんな深夜に何書いてんだろ。日記か。寝よう。