虫の世界

風呂場に虫がいた。体長1cmほどの、細長い虫だった。目が悪いから、虫の形状を正確に確認することはできなかったが、薄い羽が生えていて、黒い体は蟻のようにくびれていることはわかった。 虫が苦手だから、いつもなら虫をなんとかして殺すか、逃げるかしていたはずだった。しかし、今日は何もせず、ただ眺めていた。 外はもう冬みたいに寒い。この虫は今日を生き延びるために、なんとかして我が家の風呂に逃げ込んできたのだ。暖かい場所を本能で選んでやってきたのだ。……そう思ったから。

そのうち、塩化ビニルの白い窓枠を、黒い体が逃げるように登り始めた。何度も足を滑らせながら、それでも登っていく。羽根があっても、彼は飛ぼうとしなかった。それほど弱り切っていたのだ。滑稽にも見える。必死にも見える。この哀れな虫を放置して、髪を洗うことにした。私が虫に与えられる最大限の慈悲だった。 シャンプーを流しながら、ふと、地球に一人だけ残された人間もこのように動くのだろうか、と思った。生き延びるために入った場所が危険な場所だったら。暖をとるために入ったところが恐ろしい動物の縄張りだったら。私もこの虫みたいな動きをするだろう。必死で逃げるだろう。足が滑っても、滑稽に見えても、必死に窓枠をよじ登るだろう。

急に、世界に虫と私しかいないような感覚に陥った。 虫に私のことはどう見えているのか。とんでもなく大きい、恐ろしいものに見えただろうか。それとも餌に見えただろうか。私の目からは、虫はちょっと大きいけれどひどく頼りない生き物に見えた。もうすぐ死ぬだろうと思った。 ここが一つの星だったら、二人とももうすぐ死ぬ。けれど、もしこの虫がメスで、卵を持っているなら虫の勝ちだ。虫は卵をどこかに産み付けて死ぬ。その後、新しく生まれた虫たちが、死んだ私の身体を食べて世界を作ればいい。この風呂場が真っ黒になるくらい繁殖すればいい。そのうちどこからか湧いてきた蛆虫と、第一次世界大戦を始めるのだ。その頃には、私は骨だろう。新世界の礎となって横たわった骨。

妄想を泡と一緒に流した。

風呂から出ようとすると、虫は移動していた。湯船の縁に落ちたようだ。壁に何度も登ろうとして、跳ねる。落ちる。跳ねる。落ちる。しばらくすると諦めた虫は、湯船の中に入ろうとする。それもやめる。また壁に登ろうとして、跳ねる。また落ちる。何度も繰り返して、そのうち、動くことをやめてしまった。

さようなら。あなたはこのまま死ぬだろう。私は明日も生きるだろう。 この世界が私とあなたの二人だったら、そしてあなたが女の子で卵を持っていたなら、あなたの勝ちだった。お互いに生まれ方を間違えたね。こうして今日も終わる。