10月31日と11月と私

世間がハロウィンムードを出して私を攻撃してきたので、私も一人ハロウィンで応戦した。やられる前にやる。やられてもやるのだ。

せっかくのハロウィン(という名の全日本エログロコスプレ大会)だから、顔をものすんごいクリーチャーにしようと思い立ち、思いついた側から顔にどんどん描きこんでいった。すると、なかなかの和風雪女風クリーチャー風の私が完成したので、今日ばかりは喜んで自撮りをした。一年でこんなに自分を撮る日なんて他にあるかしら、というほどの勢いで。 そして気分がちょっと上がった!

今日、自分の顔にいろいろ描いてみて思ったのは、メイクは自分の顔を自分で決める行為なのだということ。 普段塗らないようなところにアイシャドウを塗ってみたり、普段より余計長めにマスカラを塗ったり、普段より余計厚めに口紅を塗ったりしたら、普段の私の顔の8倍くらい可愛くなった。まさしく自画自賛である。 なぜ可愛くなった気がしたのか。 目の大きさを自分で変えることができたから。まつげの長さを自分で決めることができたから。唇の色と形を自分で決めることができたから。 今日選んだ化粧品は一つも間違えてなかったし、使いどころもそこそこ良かった。 その結果、自分でも予想しないほどいい感じになった。 そして奇跡の一枚が撮影された。私、まだイケるじゃん!という謎の高揚感に包まれた。その後、母に鼻で笑われたが、全然平気だった。

ただ、残念ながら今日の顔では外に出られないと思う。だって、右頬には血管みたいなのが赤で満遍なく描いてあるし、顔の左側は口裂け女だし、何なら口からピョッと血が出てるし、目の周りは真っ黒+赤ラインなのに眉毛もまつ毛も真っ白で、ふと鏡を見たらただの変な人だって思って笑ってしまったから。 個人的には割と気に入っているんだけど(だって自撮りを撮った側から消さないことなんて滅多にない奇跡)、この顔は社会的なコードに合わないのだろうと思う。「変な人」ってそういうことでしょう。だから、これからまた今日みたいな顔をやりたい時は非社会的な場所を選ぼう。

渋谷のハロウィンの狂騒の中に入ったことは何回かあって、というか去年くらいまではそれらしい顔で行っていたかもしれないのだが、見る限りは本当にみんなただコスプレをして騒ぎたいだけ、いい女捕まえて円山町でセックスしたいだけ、どこを見ても「いつものマナー」をだーれも守っていない楽しい空間を愛しているだけなのだろうなと思った。 みんないつもと違う自分になりたいんだな。みんないつもと違うコードで動きたいんだな。 健康なくせに目から血なんて流しちゃって。生きてるくせにゾンビになりやがって。 街じゅうがコスチュームプレイをしている。そういうプレイなのだと思っている私がいる。そしてみんなそれを楽しんでいる。悦んでいる。いいじゃないか。だったらずっとそれをやったらいいのに。 ……と思ったけど、それを実行してしまったらきっと「毎日ハロウィン出勤うざ」「コスプレを買いにいく人のコスプレじゃダメかな」「電車の中で血糊使うな!」みたいな声が上がってポシャるんだろうな。 数ヶ月に一度だからいいんですね。みんなそれで満足しているんですかね。ガス抜き大事ですね。人間って強いなあ。ゾンビが人間のコスプレをするハロウィンの映画ってどこかにありませんかね。

さて10月が終わったら11月がやってきます。 昔は何のイベントもない11月に生まれたことをコンプレックスに思っていて、ハロウィンが終わったらすぐクリスマスツリーを飾り、どこからか鈴の音がシャンシャン聞こえてくる世の中に中指を立てておりました。おい世間よ!私の誕生日を、私の11月を忘れるんじゃない!!と。 しかし、先ほどふと閃きました。 ハロウィンもクリスマスもわざわざ私のために11月を避けたのだ、と。

そういうことなら仕方ありません。神と化け物が尻尾巻いて逃げたあたしの生誕祝い、派手にやってやろうじゃねえの。というお気持ちを表明して、それでも11月が来ることと年をとることに少し緊張し恐怖しながら、おやすみなさい。

ちなみに生まれた日は11日です。嘘みたいでしょう!