食べる苦しみ

気分が安定しないねえ。そりゃいつものことか。元々だった。

今日、昼食はピザだった。いわゆるナポリピッツァ。こういうのです。

[caption id=“attachment_1127” align=“aligncenter” width=“500”]5426126417_43752125e2 ナポリピッツァのフリー素材ってあるんですね。[/caption]

市販の冷凍ピザとか、あんまり食べたことないけど宅配ピザのような、パンみたいなモッサモッサしたピザは苦手だ。でも、ナポリピッツァは薄くて、フチがもちもちで、でもカリッと焼けてて、いい。すごくいい。 ただ、ナポリピッツァには弱点がある。それは、具がめちゃくちゃ落ちやすいということ。 例えばマルゲリータなら、熱々のとろとろのチーズが、口に持って行く前にぶぁーっと落ちてしまう。重力に負けた具がずるりと皿の上に落ちて、手に持ったピザの上に何も残っていない、あれを見たときの虚無感は本当に恐ろしい。だから、片手にピザ、もう片方の手にフォークを持って、無理やり平行にした状態で口に持っていったり、くるくる丸めて瞬間的に口に運んだりしないといけない。でも口の周りが汚れまくる。本場の人はくるくる丸めてフォークでブッ刺して食べるって聞いたことあるんですけど、ほんとうですか? ナポリピッツァ、とにかく食べづらい。美味しいのに食べづらい。具が落ちる。悪戦苦闘するから手は指はヌルヌルになるし、たまにアツアツの具が手に落下するし、気づくと手の所々にピザの生地の炭になった部分が付着していて、大変ストレスフル。やっぱり次回からはくるくるまとめてフォークでブッ刺す方法でいこう。

私は食べづらいものを食べるのがとにかく嫌だ。食事に余計なストレスがかかるのは困る。 食べてるうちに具がどんどん落ちていくパニーニとか、明らかに口よりも大きいサイズの葉っぱがどっさり積んであるのに手元にフォークしかない場合のサラダとか、どう頑張っても粉々になるから仕方なく一枚一枚はがして食べる虚しいミルフィーユとか、ナイフとフォークでも切れない生地がこっそり敷いてあるパイとか。 これは単純に、私が致命的に不器用なせいもあるだろう。しかし不器用なりに最善は尽くす。その場にある食器やおしぼりを駆使して可能な限り食べやすさを追求する。 それでも食べづらいとなると、今度は食べる苦しみが食べる楽しみを上回る。食事が苦行になる。気づけば額がこわばり、ナイフとフォークを持った両手は力をなくし、いつも余裕なはずの胃袋は何故か満腹を主張し、顎はもう一言も話したくないほど疲れてしまう。 これを食べるくらいなら何も食べないほうがマシだった、と完食を前にしてようやく思う。その時には、もう何が美味しいのかわからない。私は何を食べてるんだろうと思い始める。味はわかるけど、食べるのに時間をかけすぎて飽きてしまうこともある。でもここまで食べたんだからと思って、意地になって最後まで食べてしまう。結果、お腹ははち切れそうなのに最後の一口まで頑張って食べる。食事に自傷行為を持ち込むんじゃありません!!って感じだ。ちなみに、本当にどうしてもダメな時(イライラが限界を超えた時)は食べることを放棄して白目をむくことにしている。

でも、美味しいものは美味しいのよね。仕方ないのよね。食べたくなってしまう。だから外食産業の皆さん、美味しいお店なら私たちそれぞれ知っているから、どうせ行くから、食べやすさをね、食べやすさを結構マジで考えてください。せめてサラダの葉っぱはもうちょっと小さくちぎっておくれ。ピザやミルフィーユは、もともとああいう食べ物だから仕方ないと思って諦めてるけど。むしろその面倒さを愛でるものだと思っているけれど。

ああ、食べやすさを追求したらもう、サラダチキンとサプリとおにぎりがあれば十分なんじゃないかと思い始めた。もう少ししたら、きっと「これ一本で一日分の栄養素!」みたいな棒や玉や液体が出るんじゃないかしら。そういうのもいいなあ。生々しい肉もいいけどそういう未来っぽいのも早く食べてみたい。未来的に栄養補給して未来的な人類の身体を形成したい。

食の話なんてなかなか穏やかじゃありませんか。今日は数時間人間をやめましたが、比較的穏やかに終えられました。よかったです。そうそう、今日化粧品売り場で試した紫色のアイクレヨンが結構似合ったので嬉しかった。買うか悩んでる。どこに塗ってくんだお前。薬飲んで寝ろ。