意識が朦朧としている可能性

作業が恐るべき速度で一段落した。昨夜とは打って変わって非常に穏やかな気持ち。

穏やかなのでBGMも穏やかなものに変える必要がある、と感じたため、iTunesに新しくプレイリストを作った。リスト名には「安寧」の2文字が入っている。今、安寧なのだ。 ちなみに、昨夜聞いていたプレイリストの名前には「不穏」の2文字が入っている。昨夜は不穏だったらしい。気分に合ったBGMを選ぶことは大切なことだ。……あっちで死にたい時に聴く曲リストの記事とか出せばいいのだろうか。でもこれは、人によるからな〜〜。人によるから、そればっかりはな〜〜。趣味の押し付けになっちゃったらただの寒い人になってしまう。奥の手に取っておこう。

今日、私は結構大切な記憶をポンポン失くしているらしいという事実と直面した。 フィギュアスケートの大会をテレビで見て、真央さんの演技がとんでもなく素晴らしかったので、十年来の友人(とにかく趣味が合う)と感想を言い合う中で「いつか真央さんのスケート、生で見たいな〜」とこぼしたら、「あの時一緒に見たでしょ……」と言われてしまった。確かに、彼女と私は一度一緒にNHK杯を見に行ったことがある。でもその時に真央さん、いた!?そんな!記憶にないよ!!と思い、wikipediaで私と彼女が一緒に見たと思われるその当時のデータを調べると、確かに私はあの時真央さんを見ていたのだった。 大きな損失をしている。 似たようなことが最近頻発している。 例えば、好きなアイドルグループの話をしながら「XXが抜ける前に、あの曲をXXが歌うとこ見たかったな……」と言ったら、これまた同じ友人に「いや、歌ってたよ。ていうか一緒に見に行ったんじゃなかったっけ?」と。その時も同様に驚き、慄き、必死で、該当する公演のデータを調べた。すると、確かにXXがいた時代にあの曲を歌っていたではないか!私はその時、会場にいたし、確実に見ていたはずだ!大きな損失をしている!!!

これに気付いた時の私の顔と言ったら、多分これくらい焦っていたし、 unhappy_woman6多分ねこぢるなんて目じゃないくらいの強固な、ゴリゴリのぐるぐる目だったに違いない。こんな感じの。 kaigara_rasenkaigara_rasen いらすとやさん、本当になんでもありますね。

なぜあんなにも熱中して集中して見ていたことなのに忘れてしまうのだろう。 そもそも「覚えていない」のではなかろうか。見たり興奮したりするのに必死で、肝心なところを記憶していない・記録していないのだ。

困ってしまった。私はもしかして、いつも意識が朦朧としているのだろうか。 どうも自分が信用できない。意識が常に朦朧としている気がする。でなきゃ忘れたりしたくないほど重要な記憶ばかりのはずなのだ。目に焼き付けようと必死で見ていたものばかりだ。その機能がうまくいっていないのだろうか。 それとも、覚えた後に何らかの衝撃を受けて、脳細胞が死んだ? 確かに、何だか空間把握能力が欠如しているみたいで、よくいろんなところに手や足や肘や肩や頭をぶつける。その時に消えてしまったのだろうか。 普通に歩いているつもりなのに、体をぶつけてしまうのも、意識が朦朧としているからなのではないか。 どうやら私はたまに意識が朦朧としているらしい。私は意識が朦朧としている。とハッキリ意識しているつもりなのだが、もはやその証明を自分ですることさえできない。自分が信用できない。意識がどこかで必ず朦朧としているからである。

そうすると、今までの人生のことを、どこかに完全に置き忘れているかもしれない。 うわー。考えたくないー。もう、このくらいの意識レベルでいい。考えるだけ無駄だ。私の意識は朦朧としている。 ……でも今後は、目に焼き付けておくなんていう機能はないものと思って、どこかにメモしようと思った。