何もしてないと楽しい

なんにもしない時間があるといろんなことが思い浮かんで楽しい。最近こういう時間がなかったからつまらなかったんだ。納得。変なこと考えてる時が一番楽しい。座禅でもすればいいかな。雑念を浮かび上がらせるための座禅なんておかしいと思うけど。

あれもこれもやらなきゃ、急がなきゃ、次、次ってやるのはすごく疲れる。短時間かつ省エネモードならできなくはないが、疲労が半端ない。運動した後よりも疲れる。変な疲れ方。足元はふらつくし呼吸は浅くなるし頭はボーッとするし食欲も失せるし横になりたくなる。それが解消されないまま朝が来てまた疲れる。それで休みの日は泥のように眠る。何もできないまま体力だけなんとか回復していろいろなもので誤魔化してまた疲れる。

わたしとにかく疲れる。生きてくのが難しいと感じる。端から見たらそんなに困ってないように見えるのだろうか。実際そんなに困ってないのか。いや、私は随分長い間困ってる気がする。どこがどう、と言われると、漠然としすぎているからうまく答えられない。でもなんだかずっと変で困ってる。

つまり食欲はある

体の具合が悪くなると「なんか悪いもの食べたかな?」って思っちゃうのウケません?また食べ物の話してる……。

とりあえず水分→睡眠→酸素→体温→食べ物→それ以外、の順に確認していく。真っ先に食べ物が来るわけじゃないんだけど、ちゃんと食べ物がここに挟まるのが何故かとても滑稽で笑ってしまう。食いしん坊じゃん。

水分は摂ってる、睡眠はちょっと足りなかったので寝足した(寝足した??)があまり関係なかったみたい、酸素はどうやったら吸えるかわからない、食べ物は関係ないと思う、体温は平熱、それ以外はわからない。薬の副作用を調べてみたがそれっぽくはない。どれ?なんかすごく良くない気がして困った。こういうときって意外と筋肉だったりするよね……。

なんにもなってない

相変わらず情緒不安定だな。

こういうのって年取ったらマシになるとか治るとかいうの、100回くらい見聞きしたことあるけど全然変わんないのな。すごく体に悪い状態だと思う。これで常人と寿命に差が無かったら流石に笑うからな(かくいう自分も常人なのでは? 定期検診でもないのに毎月病院通いしてる常人? いやしかし、かなりの常人ではある。常人というか善良な小市民だと思う)。

 

どんなに気持ちがつらくなっても結局帰宅しちゃう。自分の寝るところがこの世で一番好き。寝具は私のこと黙って寝かせてくれるから私のこと一番わかってるし気遣ってくれるし最高。

楽しいことがわからない

最近好きなことしてないから虚無。きっとそう。なんもやる気起きない。気づいたら寝てる。正確には、気づかない間に寝ていて気づいたら起きてる。身体が鈍ってる! きっとそう。

変にモヤモヤすることがあって、あ〜本当に嫌だなあと思っていて(それもう「モヤモヤ」のレベル超えてない?)、そういうの全部吹っ飛ばしたい。幻でもいいから一旦最強の自分にならないといけないんだけど、どうしたものだろうか。行き詰まってるように感じる。

たぶんいつも通り、袋小路をぐるぐるしているだけで、向きを変えたらいいんだと思う。どうやるんだっけな。身体が重いよ、頭とか内臓とか足とかが凄く重い。うーん。好きな漫画読んで好きな音楽聴いて好きな服着て好きなメイクしてみればいいのかな。

自分への執着の6割くらいを失っていて、何をどうしたら楽しいのかわからなくなった。

体はひとつ

今からこんなぬくぬくしてたら冬越せないんじゃね? と思って暖房入れないように頑張ってるんだけど、風呂上がりにドライヤーかけ終わった後の部屋が微妙にあったかくて愕然とした。これエアコンの代わりになるんじゃね? それはそう。

身体の使い方が変なのか、あちこちもげそうになっている。再生するならいくらでももげてどうぞという気持ちなんだけど、再生するとは聞いたことがないから、どうにかして繋ぎとめなければならない。どこかを痛めると急に身体のパーツの継ぎ目が分かるようになる。不思議。普段はどこにも何もないようと思うのに。平常とは何も感じないこと。異常とは何かを感じること。

寒い

うう〜いやだ、水没した映像そんなに好きか、好きじゃなくても見てしまうのか。私は好きじゃないし見ない。想像力なんて微塵もないくせに中途半端にものを考えて感じてつらい気持ちになる。想像力なんて微塵もないくせに。これっぼっちもないくせに。

司会者が現地のレポーターにかける「気をつけてください」も私の中で言葉の意味を失ってしまう。そういう社会だから言ってるだけだろって勝手に捻くれてしまう。そんなことないってわかるのに。私が同じ立場でも「気をつけて」って絶対言うくせに。気をつけて何事もなくいてほしいと思うじゃないか、私のような人間だって。

そういうものを見ないようにして、代わりに小さな画面や文字ばかり見ては眠り、起きて水を飲んでまた何かを見て、眠り、起きて、頭が痛くなってきた。

 

何の理由もなく悲しくなる事案がここ数ヶ月で頻繁に発生している。

悲しくなる理由のない生活を送っているのかと問われると、そうです、と答えられる自信はそんなにない。でも、働くのが極端に嫌なだけでそれ以外あんまり悲しいことがない。

何の理由もなく悲しいなんて、大変な贅沢ではないだろうか。いや、悲しくなるのはめちゃくちゃ死にたくなるから全然贅沢じゃないんだけど、悲しい理由が見当たらないということが私にとっては奇跡である。悲しくなる理由に気づかなくなっただけかもしれない。嫌な臭いに鼻が慣れるみたいに嫌なことに慣れたのかもしれない。それが悲しいんだとしたらもうどうしようもないし、死にたくなるのは道理だと思う。

聞かない

TSUTAYAに返し忘れてるCDがあるんじゃないだろうかと突然不安になった。

私は一度も延滞をしたことがない。延滞が怖くて返却期限よりも前に返しに行く。だから延滞すると何が起きるのか知らない。

例えば、「返却期限は昨日までですよ。返してください」という電話が来たりするんだろうか。しかし、そんなことをしていたら、一日の業務のほとんどを連絡が占めてしまって、仕事にならないのではなかろうか。しかし、もし連絡が無いのであれば、仮に私が何かを延滞していたとしても全く気づかず、延滞料金だけが無限に増え続けるのではなかろうか。

……無い、と思う。TSUTAYAに返し忘れているものは無いと思う。あの時返しに行ったじゃないか。無いはずだ。しかし、今この瞬間に自分でそれを確かめる術が無い。部屋中をひっくり返しても、今度は探し物が無駄に増えるだけのような気がするし、現実的ではない。不安に囚われるのはやめよう。自分の習慣を信じよう。てかそんなに気になるならTSUTAYAに聞けばよくない!?(完)