こんな気分

 ネズミや猿や蟻もこんな気分を持っているのかもしれない。牛も象もキリンもアライグマも。蜘蛛や蚊や蛾も。ハクビシンもタヌキもキツネも。……一日を振り返るとそんな気持ち。

 回転寿司のレーンを動かしている鴨。コンビニのレジスターの蜂。信号機にびっしり詰まった毛虫。リモコンになったアザラシ。みんなこんな気分なんじゃないだろうか。みんな、こんな状況になったら似たような気分になるんじゃないだろうか。

 急に都会の電車に乗りたくなった。東急東横線京浜東北線京急線。心が横浜へ向かう。たぶんこんな気分だから。

 

 こんな気分ってどんな気分かと言われると説明しづらい。言語化するのに難儀するような気分。

 もう10年以上も前のアニメに『巌窟王』というのがある。当時はアニメを見たくても見られなかった(動画サイトがそこまで整備されていない且つアニメ不毛地帯の田舎に住んでいたため)。だからせめて雰囲気だけでも味わおうとして、コミカライズ版を買って読んだ。

 読み進めていくと、若かりし頃のエドモン=ダンテスが無実の罪で投獄される。その獄中の画がすごかった。おびただしい量のコードに絡め取られ、もはや埋め込まれている状態だった。私の性癖ど真ん中だったので超興奮した。エドモンは完璧な闇の中で、どれほどの時間が経ったのかもわからないような状況で、とても長い間拘束されていた。無実の罪で。

 今日の気分って、その時のエドモンの気持ちを1000000000000000倍に希釈したような、とってもまろやかな、でも確実に精神を蝕む感じ。毎日、見えざる何かが生活に毒を盛っている。それに慣れるまではとても時間が掛かる。しかし、時間さえかければ慣れる。

 

 ああ、「時間の経過、そして慣れ、諦めに対してなぜか沸き起こる喪失感」だ。今日の気持ちはこれ。何も持っていないのに何を喪うのだろう。それとも、実は何かを持っている(と思い込んでいる)?

 心配しなくても、何にも喪っていないよ。それに、たぶん無くなっても気づかないんだ。脳がまろやかに曖昧になっていくんだ。

 

 私はたまに鴨になって回転寿司のレールの下に潜って、先輩鴨のペースに遅れないように、でも適度な遅さを保ちつつ、ぺたぺた歩いている。

 私はたまにレジスターの中の蜂になって、押されたボタンの意味を羽ばたきの回数で伝えあってやりとりしている。

 私はたまに信号機の中の毛虫になって、青になったら体を膨張させて謎の体液を出している。順番を律儀に守って。

 私はたまにリモコンのアザラシになって、テレビをつけるために赤外線を飛ばす。基本的に暇なので眠ってしまうこともあるが、音量の上げ下げのときだけはできるだけ早く反応できるようにしている。

 

 人間ってだいたいこうやって、何かを極限まで薄めて薄めて薄めていくんだろう。最後には人間でもなくなるのだ。

 だから私は人並み外れて濃い人を眺めるのが好きなのかもしれない。社会性が奇形の人たちが。そういう人たちはどこにいる?

中華XX

 イヤホンがほとんど壊れてしまった。iPhoneについてきた白いイヤホンだった。結構長く保った。

 iPhoneのイヤホンにするまでは、別のイヤホンを何度も買い直して使っていたので、最近のイヤホン事情がよくわからない。

 いい機会だと思って新たなイヤホンを探していたら、「中華イヤホン」という言葉と出会った。

 

 一瞬でテンションが上がった。ヤバい。「中華イヤホン」て。

 この字面が本当に良い。サイバーパンクな雰囲気を感じる。たまらん。最高。猥雑な電子機器。脳がバチバチする。

 インチキくさい露天商によくわからんまま勧められて買った謎の物体、でも何故か使えてしまう。例えば、どこのどんな葉っぱが入ってるのかよくわからない激安煙草、火をつけると普通に吸える。どこかで見たことあるような激安のスマートフォン、使ってみたら中国語のSiriっぽい何かが起動する。そんな感じの。

 「安すぎない? どこのメーカー? 使って大丈夫? そもそもこれどーなってんだ?」と思うけれど、慣れるうちに「考えるな、感じろ」というとても伝統的なマインドが芽生えるに違いない。

 夢が広がる! よっしゃ! 踊りたい! 止まらない! アンパンマン、新しい沼よ!!!

 

 夢が広がりすぎて、名詞の頭に「中華」をつけたら何でもかんでも良くなっちゃうのでは?という好奇心に完全に負けてしまった。羅列しておこう。

 中華Wi-Fi(ありそう)、中華パンク(ありそう)、中華ビール(青島かな?)、中華コーヒー(八角の香りがしてほしい)、中華タブレット(食べる方)、中華テクノ(聞かなきゃ)、中華VR(優勝)、中華テキーラ(凄そう)、中華サングラス(YMOの『中国女』のジャケットみたいになる)、中華Amazon(人海戦術か?)、中華階段(そういうバンドか?)、中華メガネ(たぶん風水的なアレで妖怪的なものが見える)、中華眠剤(4000年眠れる)、中華メディキュット(足が縮まる)、中華プラネタリウム(好き)……

 

※上記のものは全部わたしの妄想であり、完全なるフィクションです。実在する全てのものと全く関係ありません。

 

 己の内の偏見がすごくて、怖くなって注意書きしちゃったよ。ビビりだから。ビビりは身を助くって言うし。一回本当に中国に行ってみたほうがいいかなあ。香港とか上海とか。

 しっかし、こういうの大好きなんだよね。本当にあったら絶対楽しい。妄想するっきゃない。

 

 中華眠剤で4000年眠った私は、寝る前に設定しておいた中華アラームで目を覚ました。大好きなバンド「中華階段」の最後の新譜が部屋中鳴り響く。

 4000年ぶりの爆音を手探りで止めて、枕元にあった中華メガネをかける。ぼーっと部屋を見渡すと、相変わらず部屋の隅に蜘蛛みたいな化け物がいた。

 こいつ、4000年もここにいたのか、律儀だなとぼんやり思いながら、4000年前の中華コーヒーを淹れる。芳醇な八角の香りは保たれたままだ。そういえば、中華コーヒーを売ってくれた露天商のおっちゃんは「賞味期限?一億年だよ」って言っていたっけ。

 身体を温めながらふと足元を見ると、中華メディキュットをしていたおかげで足がかなり小さくなっている。そっと脱いで、ガチガチに固まった足の指を眺める。いい感じに仕上がった、今日は気分がいい。

 玄関のほうから豪快な音がした。中華イノシシが体当たりでもしたかしら。気は進まないけれど、よたよたしながら玄関を見に行く。中華Amazonに4000年前に頼んでおいた荷物が届いていただけだった。そうだ、寝る前に中華タブレットと中華テキーラでふわふわしながらポチっちゃったんだっけ。

 どこかで見たことのあるマークの段ボールを開けると、中華ホログラムで視覚的に過剰包装された中華サングラスが入っている。取り出して、早速中華鏡の前でかけてみる。後頭部が丸々透けて

 

↑ここまで書いて力尽きて寝てた。強制終了。

 

 この主人公、たぶん4000年も寝てなかっただろう。せいぜい4日じゃないかな。この世界だとそういうものだ。

 このあと、幼馴染の中華エマ・ワトソンと中華飼い犬(たぶん元人間)が中華セグウェイで部屋に突っ込んできて、二人と一匹で中華宇宙に行く予定だった。

 なんでもいいけど、早く中華イヤホン届きますように! 今年の夏を猥雑にしてやる。

必死で眠れよ

 自分のやることなすこと、だいたい不自然な気がする。なんというか、自然なやり方というのが何においても全くわからない。どこ行って何やっても、この世からも浮いちゃうのはもう仕方ないとして、せめて普通っぽくしておきたいのに、仕草や発する言葉の一つ一つが数ミリずつ「普通」からズレてしまっている感じがする。

 ある程度いろいろな人がいるところだと「こういう人もいるのかな」でスルーしてもらえるけれども、どこかで土台を共有している人々の中に入るのがもう、てきめんにダメ。その土台を共有しようとしなかったのか、できなかったのか、今となってはわからない。わかったからってどうにかなるもんじゃない。

 完全に社会への適応に失敗している。だからって、いまさら人生なんて絶対にやり直したくないし、微修正を繰り返していくしかないのか。あるいは修正しなくてもやっていけるようにするべきか。修正しないでやっていく方法、宝くじに当たる以外に思い浮かばない。宝くじに当たるなんてとっても不自然なことだし、不自然に不自然を重ねてどんどん不自然になるのが私のやっていく道なのか。

 道(笑)。道ってなにさ、やっていくって、何をやっていくんだ。笑う。そういうことを考えるのは中学生の時に済ませておけばよかったんだけど、頭が悪いもんだから気づかなかったな。はいはい終わり終わり。昔の私が阿呆で大変失礼いたしました(鼻ホジホジ)。今の私も阿呆きわまりない。阿呆は年取っても阿呆。

 そういうところだぞ。そうやって開き直るからいつまでたっても成長できないんだゾ。みたいな文字列がめっちゃ頭の中を飛び交っている。

 だからなんだよ気持ち悪い。足りない頭で必死にメタメタしようとしてるこの感じが自分でも最高に気持ち悪い。そういうのはできる人にやらせときなよ。無理なことやめなよ。

 もっと目の前のことにだけ必死になりたい。

 目の前のことってなんだろう。なんだろう、睡眠? 必死の睡眠? いいんじゃないかな、必死で眠れよ。

 こんなこと書いてる今も髪の毛のうねりが気になって仕方がない。気が散って気が散ってしようがない。いやんなっちゃうな疲れちゃって、いっちょまえに疲れちゃって。

 自分の中に挙足取りが何よりの生きがいみたいな人がいて、いちいちあれも変これも変、おかしいおかしいって言ってニヤニヤしてくる。おかしいですよねえ(笑)って、居もしない他人と顔を見合わせて笑ってる。すっげえ陰湿で嫌なやつ、でも私の中にいるやつ。ただし、所詮わたしがわたしをバカにして笑っているだけなので、こんなもんトイレットペーパーがうまくちぎれないくらいの不快さでしかない。ああ気持ち悪い。自分のことでいっぱいいっぱい。

へろへろしとうございます

 今日は、朝からとんでもなくすばらしいものを見てしまい、一日中そのことで頭がいっぱいで、いつのまにか始まっていつの間にか終わっていました。すばらしいものは一日を私から簡単に取り除いてくれます。

 また、どうしても読みたかった漫画があって、地元の本屋をどれほど巡っても見つからなかったのでLet's go Amazonしたのが確かおとといのことでした。それがついに手元に届きました。ついでにビタミンDの錠剤も注文いたしましたので、それも届きました。

 どうしても読みたかった、あああ、漫画をですね、へへえ、もう読みたくて読みたくて仕方がなかったものですから、はああーあ、真っ先に読みました。いいものを読んだ、買って正解だったわあなんて思いながら、眠剤が思ったよりも早く効いてきてしまって、私は今ベッドに倒れこんでおります。へろへろでございます。

 用法用量、ちゃんと守っておりますのに、お酒だって本当にもう一ヶ月くらいは興味をなくしている状態で、すなわち今夜も飲んでおりませんのに、何で今日はこんなにへろへろなのでしょう。いい漫画を読んだから? それとも、爪を切ったから? 今朝見たすばらしいもののせい? それとも実は疲れているの?

 考えても答えなんて、今すぐにはわからないのですけれど、きっと現代の技術を総結集すれば原因の特定ぐらいは容易なんじゃないかしら。現代の技術に期待しすぎでしょうか。

 へろへろな理由がただ一つ明確にあるとすれば、それは「私がへろへろになりたいから」かもしれません。へろへろ、究極のリラックス、へろへろ。とても他人には見せられないような姿と表情でへろへろしております。ああもう一生こんな心持ちでベッドの上でへろへろしとうございます。へろへろです。一生こんな超脱力状態でいたいのです。

 最近、一日の終わりに体が痛くなるのです。腕や足の筋肉がバキバキになっているのです。運動なんてしていなくても、です。知らず識らず、体に力が入っているようです。すなわち、緊張しているのです。生きているだけで、緊張。ああなんてよわっちい神経ですこと。困りました。

 こんなことばかりですから、私の理想は体のどこにも力が入っていない状態なのです。そしてその理想が今、現実になりました。へろへろです。理由はわかりませんけどとにかくへろへろです。

 ああ、いやだなあ、今はへろへろでも、明日はまた全身が緊張して、体が痛くなるんでしょうか。いやだあ、ずっとへろへろがいい、ベッドの中にいたい。ベッドがいい。ベッドに寝そべっていたい。

 そんなことを考えながら、ふと壁を見ると、雑誌から切り取ったページが何枚も何枚も、びっしりと貼られていました。そのなかでも今日ひときわ目を引いたのは、miumiuの謎のヒール。抜群に可愛い ……。昨年の『ELLE』に載っていたと思しきそのヒールは、本当にうっとりするほど意味不明で、死ぬほど可愛いのでした。ますますへろへろです。

 ああ、へろへろしておりましたら、眠気がどんどん強まってまいりました。いやですわ、寝たらへろへろが終わる上に朝がきてしまうのですよ。仕方ないんですね。仕方がありません。へろへろしていたいです。

死にたみを無理やり百合小説風にシメて萌えるライフハック

 今朝の夢。

 

 外を歩いていたら、6歳くらいの女の子に呼び止められた。

 ちょっとこっち来て、と言うので後をついていくと、ゴミ捨て場に猫がしゃがんでいた。白と茶色のぶち猫だった。目の色は薄い緑で、体はやや大きめ。野良猫のようだった。

 女の子は、私が手に持っているビニール袋を指して、

「この猫、入れて。死んじゃったから」

と告げた。

 私はおそるおそる猫を触った。猫は、しゃがんで目を見開いたまま硬くなっていた。

 ビニール袋に猫を入れることにした。お尻の方から被せるようにして、そっと入れた。ちょうどいいサイズだった。

 袋を結ぶとき、猫と目が合った。その瞬間、ふと「この猫は本当に死んでいるんだろうか」と考えた。ここまで硬くなっているなら生きているとは思えない。でも、もし生きているとしたら、今が引き返す最後のチャンスだ。呼吸はしているか。心臓は動いているか。確認するにはどうすればいいんだ。仮に今だけ息が止まっているとしても、数分後に突然呼吸を始めるかもしれない。心臓だって同じだ。それなら、今この瞬間の私はどうすればいい。

 いろいろ考えて、数秒間フリーズしていた。

 視界の外から、女の子が私を急かす声が聞こえた。私は考えるのをやめて、硬くなった猫の入ったビニール袋の口をぎゅっと締めて、ゴミ捨て場にそっと置いた。

 

 どんなに暗いこと考えたって死ぬことはないってわかっちゃいるけど、どうしても思考が死へ向かおうとするようになってきた。あれもこれも無駄、死ぬのが一番早いみたいな話。

 何が「早い」んだろう。早くする、その目的は何だ? 明確な目的もないのにそんなこと考えることこそが無駄なのでは。……こういった前向きになるための正論(頭の中では、青白く発光する小さな直方体に見える)が重力をもろに食らって、すとん、すとんと落ちて、視界から消える。

 オブラートみたいな薄さでありながら、革みたいな頑丈さを持つ何らかの皮膜が体をさりげなく包んでいる。さりげなさすぎて気づかなかった。腕を見れば腕に皮膜が、目を閉じれば世界中に皮膜がかぶさっている。

 この皮膜は何をするかというと、思考の主導権を握ろうとする。そっと握って、すこしずつ私を死にたくさせる。今までの重くて派手で煙噴いてる装甲車みたいなものとは違って、随分とソフトだけれど、目的は同じだ。ソフトに、でも確実に目的を遂行するこの謎の皮膜はどこからやってきたんだろう。困ったな、なんて思ってみても「まあ何も困らないか」と即座に否定させてしまう。もしかしてけっこう手強い?

 自分で自分のために用意した自分のご機嫌をとるための方策。趣味。そういうものをちりばめてみても、皮膜に覆われて効果が薄くなっている。こんなことしても、なんにもかわらないんだよな、こんなことしても、人生はつづくんだよな、生活は続くし明日は来るし来月も来る、再来月も来るし、誕生日だって、そして来年さえもやってくる。それがあと何十年。続けられる? 続けたい? 本当に?

 やはり本格的に来てしまったようだな、五月。梅雨もそろそろか。なんて言ってごまかしてみても、乗り切れるのか、乗り切ってどうするのか、乗り切れなかったらどうするのか、そのいくつかのシミュレーションの結果に当然のように「死」がいやがった。おいおいお前がいるのかよ、いるならいるってアピールしてくれよ、最近見なかったのに突然出てくるなんて、びっくりするじゃないのよ……。

 

 うう〜んこういうときは……。こういうときは、どうすればいいんだろう。どうすればいいんだろうなあ。人間は本当に嫌だなあ。寝たら解決する? また朝が来るだけなのに、続くだけなのに、寝ても何も解決しないよ。解決するには……まじかー……。うーん。人間やめたいです……。

 

 そう一息にしゃべり終えると彼女は、無邪気を装った顔で力なく笑い、静脈に何かを注射してベッドに倒れこんだ。可愛い顔をだらしなく脱力させ、よだれを垂らして、ときどき空虚に笑う彼女を見ながら、私は砂糖をなめた。

 すでに眠りかけている彼女を起こさないように、そっとベッドに潜って天井をぼんやりと見つめた。ふっと意識が遠のきかけたとき、彼女の声がした。

「あのさ、わたしたち、……このままの姿で、発見されたらいいよねぇ」

 そうだね、と小声で答えて、彼女のよだれをぬぐってやると、彼女はうとうとしながら、その抜群に可愛い顔で満足げに微笑んだ。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

 おやすみ、おやすみ、とっても可愛い顔のあなた。伝えそびれたけど、私も本当に、そう思ってたところだよ。

 

 ……っていう、死にたみを無理やり百合小説風にシメて萌えるライフハックをいま開発したのでシェアしまーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!!! 

 なんか死にたみ忘れたわ!! おはよう! おっはよーーー!!!!!!!

 萌えてテンション上がったじゃん! いやもう明日のこととかどうでもいいわ。この百合いいな。自分で書いといて何だけど本当にいいわ。めっちゃいい。最高。

 あっおやすみなさい。

「話があるんだけど」が苦手すぎる

 「話があるんだけど」が苦手すぎる。これが得意な人って存在するのかな。

 話があるなら、その話から突然始めてもいいはずなのに、なぜか置かれるワンクッション。それが「話があるんだけど」。怖すぎる。わたしは今からワンクッション置かなきゃいけない話をしますよ、という宣言としか受け取れないので、100%身構えてしまう。聞きたくない話が飛んでくるんじゃないかという不安と恐怖で逃げたくなる。

 実際、「話があるんだけど」と言われたら、私の返事はだいたい「えっ、何?」「ごめん、それどんな話? 私の話? 怖い話?」という感じになる(ただし、金銭が絡む話は逃げない)。あなたの話で、ちょっと怖い話かな、と言われて、じゃあ聞きたくない! と言ってやめてもらったこともある。

 ただ、話してもらうと大したことなかったパターンもかなり多い。次に遊ぶ日の相談だとか、次に出す薄い本の内容だとか、そういった内容が「話があるんだけど」の後に出てくると本当に脱力する。「なぁーんだ、その話ね!」と笑ってしまう。そんなに深刻ぶらなくてもいいのに、と思うけれど、実際勝手に深刻ぶっているのは私の方だ。

 

 そもそも、話があるんだけどと言われてなぜ怖いのか。己にやましいところがあるんじゃないのか。いや、自分に関係のないところからすごく面倒な話がやってきて巻き込まれることもあるにはあるけど、そういうのからは堂々と逃げられるタチなので、さほど問題はないのだ。やっぱり自分の話が一番怖い。

 やましいことをしていなくても、何か罰を受けるような気がしてしまう。善良な小市民だと自分で言い切れるくらいには平凡な生活をしているのに、なにがそんなにやましいのだろう。

 生きていることがやましい、という段階は通り過ぎたので、これは違う。じゃあ他になにがやましいのか。

 考えてみると、何も起きていない気がしていること自体にやましさを感じているのだった。

 気づかないうちに、自分がなにか非常に大きなミスをしているんじゃないかという不安が常にある。実際には何も起こっていなくても、なにかとんでもなくひどいことをやらかしているんじゃないか、私はそれに気づかないでいるんじゃないか、そしてそれに気づいている他人がいるんじゃないか。こんな疑念にとりつかれる。

 私が気づかずに重ねたミスを見かねた他人が、ついに私にそれを指摘してくれるとき、その最初の言葉が「話があるんだけど」だ。たぶん。

 だから私が恐れているのは「話があるんだけど」でも、その先の話でもなくて、「話があるんだけど」に至る経緯なのかもしれない。

 これをなくすには……自分が気づかないミスをなくすなんてのは無理だから、「話があるんだけど」と言われるくらい他人と関わらないことかな!

 

 ……だめだ……。丸くなり、睡眠。

時間と相手と場所

暑すぎてついにチョコミント解禁。それとサングラスを入手。着々と進んでしまう。

 

友達と遊んだ。気づけばもう○年の付き合い(ありがとうございます)。手を替え品を替え、場所も飲み物も替えながら、人生って長いよねと話した。

時間って不思議だ。お金で買えたりするのに、買わなくても流れていく。結局どう使おうと自由なんだろうな。そしてその上限は誰にもわからない。自分で決めるのは難しい。大事にしてもしなくても勝手にどうにかなってしまう。

今日は全体的に時間の流れを感じた日だった。生きていたつもりはなくても生きていて、過ごしていたみたいだ。つらくても苦しくても悲しくても嬉しくても楽しくても、全部終わってしまった。人生って毎日終わっていくんだな。でも生活は続く。

生活と生活の間に、こうやって生活じゃないことを置きながらなんとかやってきたらしい。生活って本当に重い。重たくて重たくてとても扱えない。筋肉鍛えたらなんとかなるかな(なりそう)。

 

カラオケで久々に奇声を発してスッキリした。私って、奇声を発することができるんだな。わかっていたけど忘れていた。たまにやらないと忘れる。奇声を発しても大丈夫な場所と相手があることってすごい。奇跡なのでは。場所と相手って能力を引き出すのかな。場所と相手って、環境ってことか。

もう体力使い切っちゃって、自分でも何言ってるかよくわからないんだけど、今日は楽しかったです。写真は今年初のチョコミントアイスです。おやすみなさい。

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