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今日膝をぶつけた後に一気に書いたやつ

 また膝をぶつけて、本当に痛くて湿布を貼っている。湿布ってすごいよね。貼るだけで痛みが減る。それでも痛いものは痛いし、腫れてるものは腫れてるし、ほんとにムカつく。全部嫌。死ね死ね。死ね死ね死ね死ね。もう21世紀も、16年?15年くらい?終わってるのに、なんで足の一本や二本、付け替えられないわけ。なんでスペアがないわけ。なんで未だに生まれつきの体なんていうとんでもなく不安定なものを排除しないわけ。

 付け替えようよ。部品なんだから。こう、足の付け根からクルクルクルーって回してさ、ネジ緩ませてゴリって抜こうよ。そんで、スペアの脚を刺そうよ。ギュッ、ゴリュゴリュゴリュってネジ締めてさ、ガシッって固定してさ。そんで、怪我した方の脚を適当に修理したり、捨てたりすればいいんでないの。使い捨ての脚もいいと思うよ。てかエロいよね、使い捨ての脚って言葉が既に。何に使うんだよ。いい文化してんな。

 そんなことはどうでもいいんだよ、膝が痛いって言ってんの。なんで未だにパーツの付け替えもできないわけ。人類何年生きてんの?今までみんなで死んでたの?まさかアレか、倫理か。倫理が科学の進歩を妨げてる的なアレか。私が痛いって言ってんのに倫理がどうこう言うの?それってどんな倫理なの?「カガリは今泣いているんだ!」ってだけでガンダムで攻撃するやつとかいたじゃん、あれが通るならこれも通るでしょ。

 いや、まだ付け替えられるまで技術が進んでないのか。まあいいよ、なんでもいいし仕方ないけどマジでムカつく。脚が痛いのに取り替えられないのがムカつく。付け替えようよ。どう考えても、治るの待つより付け替えたほうが早いって。

 じゃなきゃアレだよ、家を全部柔らかくしようよ。角がありすぎでしょ。ちょっと操作ミスったらこれよ。ヒューマンエラー前提で世の中設計しようよ。痛いって膝。家めっちゃ柔らかくしよ。なんか……柔らかくしよ。痛いもん。

 湿布がなかったら詰んでた。湿布ありがとう。湿布……ありがとう。本当にありがとう。湿布を作ってくれた人ありがとう。湿布を大量生産できるようにしてくれた人ありがとう。湿布を作って流通させてくれた人ありがとう。湿布を売ってくれた人ありがとう。湿布を買っておいた自分にもありがとうだし、保存させてくれた冷蔵庫もありがとう。てことは、冷蔵庫作ってくれた人ありがとう。冷蔵庫の原理になるあれやこれやを考えてくれた人ありがとう。あと、電気!電気もありがとう。なんだっけ、あの、とにかく電気の人ありがとう。

 ありがとう、湿布。ありがとう、なんか人類の叡智みたいなやつ。今日も不注意で体を強打したけど、なんだかんだ言って私は元気です。チーン。死亡。元気なわけあるか。膝が痛い。

 

 膝、今は痛くありません。

「気が強くなるには」考

 最近いろんなことが「たいしたことないな」「取るに足らないな」で済むようになったのは、タフになったのか鈍くなったのか。それとも単なる傲慢か。

 人間なんて傲慢でなんぼだと思うけど、こんなこと考えてるうちはまだ、心のどこかで傲慢を危惧しているということだ。

 修行が足りませんなあ。もっと気が強くなりたい。

 

 気が強くなりたいときに何をすればいいのかなんて全然思い浮かばないけれど、例えば真面目な話をしているとき、テーブルの下に情けない何かがいて、そいつをぐりぐりと踏みつけている妄想をすると、ちょっとだけ気が強くなる。喋り方も鷹揚になり、心に余裕や慈しみさえ芽生える。ほんの一瞬だけだけど。

 ただし、もれなく顔がにやけてしまうので、真面目な話には全然向かないやり方だ。顔が見えない相手であれば、こちらの喋り方が突然堂々としはじめるから、「なんだこいつ」と思うかもしれない。「なんだこいつ」って言われても、こいつは真面目な話の途中で突然気が強くなりたくなって、妙な妄想を始めた人間です、と答えるわけにはいかない。

 ただ、このようにして気を強くしている人間がいるということだけ、ここに記録しておこう。私のライフハックの中の一つとして、ね。夜は長いからね。

 

 こういう妄想法以外で、気が強くなる方法を知りたい。どうしたらよいのか皆目見当もつかない。考えたこともなかったから。

 手っ取り早く筋肉かな、と思って、とりあえず二ヶ月半くらいは、家にいない日以外は毎日筋トレを続けている。筋肉がつくと、見た目にも現れるし、謎の安心感が生まれる。今後も続けるだろうけど、これで気が強くなったかと言われると……わからない。別に、人を殴り飛ばせるような鍛え方をしていないので、気は強くならなかったかもしれない。

 でも、筋トレをもっと続けていけば、もっとムキムキになって、「こんなやつワンパンで殺せるぞ」って自信がついたら、気が強くなれると思う。

 いや、待てよ。筋肉を鍛えるよりも先に、武器の扱い方を覚えておいたほうが気が強くなれそうだ。「こんなやつ、これ使えば一捻りだぞ」って想像できた時点で、気が強くなりそう。

 よし、わかった。気が強くなりたいので、合法で所持できて、扱い方も比較的容易な、でもよく効く武器の扱い方の練習を頑張ろう。そうしよう。

 ところで、「合法で所持できて、扱い方も比較的容易な、でもよく効く武器」って何があるんでしょうか。できれば免許もいらないもの。あるかな? 教えて! Wikipedia先生!!

武器 - Wikipedia

 この中で、

  • 合法で所持できる
  • 扱い方が比較的容易
  • よく効く
  • 免許いらない

の条件に該当しそうなものは……釘バット、鞭、かしら。

 ありがとうWikipedia先生。それっぽいものを、家でめっちゃ素振りしておくことにするね。これで、気が強くなれるかな!

 いや、なるのだ。がんばろ〜。おやすみなさい〜。

かわとにく

 歯ブラシのヘッド部分を見つめてボーッとしていました。微妙に情報量が多いので、3分くらいボーッと見つめるにはいい部位だと思います。ただし、あんまり長い間見つめてしまうと歯磨きに躊躇することになります。注意が必要です。

 

 疲れていると汚い言葉が出てこなくなりますね。元気なときほど小学生みたいなことを言っている気がします。汚い言葉を使いたくない時は疲れておけばよいのだと学びました。本当は、疲れるような時こそ汚い言葉で自分を守ればよいのでしょうけど、どうもできませんね。

 とうとう「綺麗な言葉で他人を貶しつつ自分の立場は守る」という社会性スキルの習得のフェーズに入ったのかもしれません。私が一番苦手で嫌いなやつです。

 これって、皮肉みたいなことですよね。

 皮肉ってコミュニケーションに必要あるのか、本当にわからない……というか、正直に言えば必要性を感じません。相手が額面通り受け取ったら単に褒めただけのように聞こえる、しかし自分は本当は相手を貶したい。って、意味がわかりません。矛盾ですよね。ストレートに貶せばよいのでは。「皮肉」というコミュニケーションがあることで、何か言われるたびに己のあらゆる間違いの可能性を洗い出さねばならなくなって非常に面倒ですし、相手にも同じような面倒をかけるならば、無い方がよいのでは。皮肉を言う行為は、コストばかりかかって、得るものが少ないような気がします。実質、単なる煽りでしかないと思います。……などと考えてしまうので、私自身はよほど血迷っているときしか使えません。

 そして、使っても、良かったことが一度もありません。下手くそなんです。社会性がないので。おそらく、意図する通りに綺麗に決まったら楽しいんでしょうね。

 理解できないし、必要性がわからないから今はやらないだけで、もし必要性がわかって理解できたら、いつかやってみたいと思います。新しい技術を身につけるわけですから、新しい趣味に目覚めるようなものですよね。そう考えたら楽しくなってきました。必要性を感じませんけど。

 

 ちょっと面白い話や変な話、新しい話などが本当はいろいろあるのですが、広く世界中に、ワールドワイドウェブに向けて書くような話ではない……いや、書いてもいいのかな。全然自分に関係無いことですし、極限まで匿名性を高めて書くこともできるので、書いてもいいんだろうなとは思うのですが、やはり気がひける部分があるので、うん、書かない方がいいのでしょう。

 この「気がひける」というのは、私の吹けば飛ぶよな理性の中に残された貴重なブレーキですから、大切にします。今日も頑張りました。おやすみなさい。

いらなくなってよかったな

 最近餡子にハマっているので、餡子ばっかり食べている。美味しいんだなこれが。甘ければ甘いほどいい。ちょっとしょっぱいともっといい。大福かな。大福だな。塩大福。くるみ大福かな。くるみ大福だな。

 餡子関係だったら、最近はハーゲンダッツの、セブンイレブン限定の「くるみ黒蜜こしあん」が超美味しいんだけど、セブンまで買いに行かなきゃいけないからあんまり食べてない。たまに買いに行って食べるぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 私には、多くの人類と同じように、何かにハマると飽きるまで食べ続ける習性がある。今までにハマったものを思い返してみる。昆布、オリーブ、酒、ふりかけ、サラダチキン、カニカマ、野菜スティック、カレー、きゅうり、りんご、ヨーグルト、pucca、キャベツ、味付け海苔。他にもたくさんある気がする。

 どれもこれも、数ヶ月間、狂ったように毎日食べていた。でも、ある日突然飽きる。ぱたんと興味がなくなって、急にいらなくなってしまうのだ。興味が消えると、視界からも消えるので、ちょっと買いすぎたときに飽きると、余って困る。だから普段から食べ物の買い置きができない。

 それで何度か困ったこともあるけれど、それでも、いらなくなってくれてよかった。バランスがいいから。上記のものを全部毎日食べ続けていたら、食べるだけで一日が終わってしまう。食べ物を消化するためだけに生きてしまう。

 今だって餡子にハマっているけれど、きっと数ヶ月後には飽きているはずだ。それがいつになるか全く予想がつかない。明日飽きるかもしれないし、案外冬まで続いているかもしれない。それでも飽きると思う。ある日突然、なにかの拍子に興味が消える。

 そんなことを繰り返して、いろんなどうでもいいことに少しだけ詳しくなりたいもんだな。

 

 最近ハマっているものがもう一つある。ノンアルコールビールだ。アルコールもカロリーもゼロって、そんなもん私にとってはただの水でしかないのだが、飲むだけで一瞬ビールを飲んだような気持ちになってしまう。変なの。

 実はついこの間までずっとお酒にハマっていたのに、例によって興味が失せた。その代わりに何か飲もうとなったときに、なぜかこれになってしまった。いつになるかわからないけど、これだってそのうち飽きるだろうな。

 

 (また食べ物の話してる……)

 

 毎日毎日こうやってどうでもいいことを書いていても、自分のことなんて本当にわからないものだな。あんまり考えていないんだろうな。考えても無駄だし(考える能力がないのと、何の得にもならないから。考えたフリしかできないし)、全部なりゆきでやってくのがいいよ。どうせなんもできないんだから。人生初めてだし力抜くよ。おやすみなさい。

パンケーキにじゅくじゅくのシロップをかけて食べたい

 今朝見た夢のせいで、無性に星乃珈琲店のパンケーキが食べたくて仕方がなくなってしまった。めちゃくちゃ食べたい。

 シロップを不安になるほどたくさんかけてかけてかけて、嫌になるほど染み込ませて、頃合いを見計らって更に染み込ませて、もっともっと染み込ませて、駄目押しで染み込ませて、甘々のメットメトになったパンケーキをナイフで切って、フォークで刺して、じゅわーって滲み出てしまうシロップを貧乏くさく再び染み込ませて、速やかに口に運びたい。

 舌に触れた瞬間に、想像しただけで頭がおかしくなりそうな甘さ。ふわふわのパンケーキ、噛みしめるほどにシロップ。こうして髄液が全部はちみつになってしまう。ブラックコーヒーを流し込んで意識を取り戻す。そしてまた私はパンケーキを切る、刺す、パンケーキでシロップを貧乏くさく回収して、速やかに口へ。咀嚼。多幸感。コーヒーで意識を取り戻す。食べ終わってしまうまで私の髄液は何度もシロップになってしまうし、何度もコーヒーで意識を取り戻す。これが合法の食べ物で、普通の飲食店で提供されているだなんて、法律なんてのは随分とガバガバですなあ。

 

 でも今日は食べに行けなかったので、代わりにサーティワンアイスクリームへ。大好きなコットンキャンディーが復活していたので、嬉々として食べる。一口で頭が幸せになる。

 一年に一度しか食べられないなんて悲しすぎるけど、こんなの毎日食べていたら本格的に頭がバカになってしまうだろうから、期間限定でいいのかもしれない。来年の今頃には、きっと復活しておくんなまし。後生ですから。期間限定のものはいつも私を置き去りにする。いつも私は置いてけぼりで、また来るかわからない愛を待ち続けるの。

 そもそも、来年またコットンキャンディーが復活したとして、1年後に私が生きてるかは知らんけど。

 

 諸々あり、やらなければならないことがやらなければならないことを圧迫している。明日に全部カタをつけられたらいいのだが……。

 いや、明日全部じゃなくてもいいのか。期限を考えると明日じゃなくてもいいのはたくさんある。まあなんでもいいから明日できることはやろう!

 優先順位という概念を忘れてしまうと、こうやって「今すぐ全部やらなきゃ!」になって、精神的に自分を追い詰めて死ぬことがあるので、冷静になることが大切。ということを思い出すことが大事。つまり、私はいま大事なことをしたわけだ! えらい! すごい! やばい!

でんぐり返し

 何ヶ月かに一回、定期的にでんぐり返ししたくなるので、私は森光子かなんかかもしれない。じゃなきゃ、『ぼのぼの』のアナグマくんか。

 ちなみに、今日がその「でんぐり返ししたくなる」日だったので、でんぐり返しした。スッキリした。

 でんぐり返しすると、頭が一瞬で空っぽになる。呼吸が一瞬止まるせいかもしれない。私が一周するからかもしれない。なんにせよ、でんぐり返しは私の重要なライフハックの一つである。

 

 でんぐり返しに適した場所というのは、硬すぎず柔らかすぎない床だ。畳の上なんかが非常にちょうどいい。この家で一番清潔な畳の部屋は母の部屋なので、でんぐり返しがしたいときは母に一声かける。

「あの、でんぐり返ししたいので、部屋を借りていいですか。一瞬で終わるので」

「いいよ」

 この程度で済む。母も父も私がでんぐり返しすることになんの疑問も持たない。猫は持っているかもしれない。そして、私自身は疑問を持っている。

 なぜでんぐり返しなのか。数ある運動の中で、なぜでんぐり返しに対する衝動だけがこんなにも高まるのか、全く理解できていない。

 もしかしたら、でんぐり返しをしたいという気持ちは普遍的なもので、案外たくさんの人がでんぐり返ししているのかもしれない。誰にも言わないだけで、皆がこっそりと自分の部屋でぐるりと回っているのかもしれない。粛々と、なんらかの儀式のように構えて、伏して祈るように回るのかもしれない。

 想像するだけで笑ってしまう。皆こっそりとでんぐり返ししているのだ。あのコンビニのレジのおじさまも、スーパーの品出しのおばさまも、軽自動車を運転している若い女性も、自転車に乗って横並びに走る中学生たちも。絶世の美女も世界的なスポーツ選手も、部屋で正しく回っているのだ。

 おかしい。みんな地面に頭をつけて回る。関節が変な方向に曲がらないように気をつけながら。妙にスッキリした気持ちで、ポーズまで決めて。人間はなんでもやる生き物なので、これぐらいのことはあり得る。あり得るけれど、おかしい。

 

 今夜、私のようにでんぐり返しした人は、いったいどれくらいいるのだろう。こんな平凡な私がやるのだから、半径10km以内にもう何人かいても不思議ではない。不思議かしら。不思議だったらどうしよう。全然不思議じゃないのに。猫や犬や虫や草がでんぐり返しするより、ずっとふつうのことだと思う。うん、ふつう。今日も世界はふつう。

近所の猫

 うちの近所は、猫が何匹か徘徊している。把握しているだけで5匹いるので、実際はもう少しいると思う。猫が住みやすい世界が一番いい世界なので、この辺りは割といい世界なのかもしれない。

 徘徊している猫の中に、最近とても気になる猫がいる。

 その猫は大きい。薄い茶色の毛皮をぼふぼふさせながら歩いている。たまに横断歩道を堂々と渡っているところを見かける。

 とても貫禄があり、話しかけるにしても「あら〜可愛いね〜」よりは「こんにちは」と言いたくなる。

 あの猫が、とても顔がいいとか、骨格がいいとか、毛並みが美しいとか、声が最高に可愛いとか、そういうわけではない。ただ、とにかくかっこいい。歩いているだけで「おっ」と思うような雰囲気がある。

 我が家の猫が世界一可愛くて美しいことに相違はないのだが、余所の猫も最高であることに変わりはない。だとしても、こんなにかっちょいい猫はそうそういない。見た目から、わりとお年を召されていることはわかるけれど、それ以外はよくわからない。今、あの猫が何歳で、どこを拠点にしていて、どんな生活をしているのか、ちょっとだけ興味がある。

 興味があるとはいえ、例えば超小型カメラを括り付けて、あの猫の目線を追いかけたいとは思わない。GPSで行動範囲を観測したいとも思わない。そんなことをしたら、ある種の夢のようなものが壊れてしまう気がする。

 私の知らないところで生まれて、生きて、生活してくれればそれが一番いい。たまに見かけるくらいでちょうどいい。何も知らないからこそ感じる畏怖や貫禄、かっこよさみたいなものを、あの猫に感じていたいから、今まで通りあの猫の好きなように生きていってほしいな……などと勝手に妄想している。猫さんすみません。

 

 猫の話書いちゃったよ。ほのぼのしてる日記だな。ほのぼのついでに、今朝の夢がすごく良かったので記録。

 私が家に帰ると、居間に大きな段ボールがいくつか置いてあった。

 家族に「これ何? 何か買ったの?」と聞くと、「そこの二つはお前のだよ」と言われる。

 身に覚えがないので、おそるおそる段ボールに貼ってある伝票を確認すると、差出人に見覚えのある名前が。しかも、二つとも同じ人。

 急いで段ボールを開封すると、ラッピングされたものがたくさん入っていた。それと、封筒に入っている分厚い手紙、それから何らかの書類も入っていた。

 ラッピングをいくつか開けると、欲しいものばかりだった。それと、知らないものだけど貰って嬉しいものもたくさん入っていた。それが段ボール二箱分。私は驚きとも喜びともつかない、とにかくアッパーな気持ちに圧倒されて、くらくらしてしまった。

 結局、貰ったものの半分以上と、手紙と書類の中身も確認できないまま、目が覚めた。

 起きてから「夢かよ〜!」という気持ちと、「すっごくいい夢だった〜!」という気持ちが同時に襲ってきた。結局「いい夢だった〜!」が勝った。

 最近、夢見が最悪だったもので、いい夢を見てスッキリ起きられるだけで非常に気分良く1日過ごせましたとさ。なんて単純で現金なやつ。でも、めでたしめでたし。おやすみなさい。