逆ハンドルでアクセルを踏む

意図的に年単位でやめていたことを、日常的にやらなければならなくなって困惑している(全くのオフラインのことですよ)。

使わない筋肉が痩せ細るように、それをやる力自体、退化していることに気づいた。さらに、ある種のコウモリが退化した目の代わりに聴覚をフルに使っているように、退化させた力を別のことで補いながらここまで来てしまった。そのため、現在では従来とは別の方法のほうがアクセスしやすくなっていて、気を抜くとそちらばかり使おうとしてしまう。

それで、その「年単位でやめていた」「退化している」ことって何かと言うと、他人の気持ちを想像することだ。最初からかなり苦手なことなのに、中学生になったあたりから変な方向に発達させて変な方向に力を蓄えてしまった。変な方向というのは主に被害妄想で、今でも別に妄想じゃなかったと思い込んでいるほどには強固だった。誰もかれもが私を嫌っていて、私の失敗をどんな小さなことでも目敏く見つけては激しく糾弾しようとしていて、その上、危害を加えようとしている、と毎日本気で思って生活していた。……「誰もかれもが」以外の部分はやっぱり妄想じゃないよなあ。私の中では真実味溢れてる。

ただ、あまりにも疲れるし、環境が変化してそういうことを考えずに済むようになったので、成人を過ぎた頃からやめていた。

それが今になって、正当な(?)方向にそれをやれと言われて、困惑している。他人の気持ちや状況を推し量るなんて、全部テキトーな妄想なんじゃないか。信じられない。しかしこれでは、先ほど書いたことと矛盾する。真実味が溢れるのか溢れないのか、どちらかにしないとおかしい。

私自身が悪いことだけ信じているのか、実際に悪いことだらけなのか、区別がつかない。

現代文のテストを解くんだと思って、人の話に線を引きながらやるしかないのかなあ。登場人物の心境を述べなさい。……心境はなんとなくわかるけど、それを受けてどうすればいいのかがわからない。場数と手数増やせばどうにかなるのかな。

向いていないことを今からやろうとしているのかもしれない。ダメだったら環境が折れてくれるだろうから、テキトーにやろう。向上心必要なし。また変な方向に変な力がつきませんように。逆ハンドルでアクセル踏むの得意だから怖い。

 

そういえば、風邪だと思っていたものは何らかのアレルギー症状だった。薬飲んでおとなしくしています。

夏風邪

なんか調子悪いな〜と思ってたら普通に風邪でした。とりあえず風邪薬を飲んで安静にしています。

ところで、「夏風邪は馬鹿が引く」って最近の人も言うんでしょうか。私はこの言葉をどこで覚えてきたんでしょう。余計なことばかりよく知っているものですね。

 

最近よくマスカラをつけ忘れます。今日も忘れました。

化粧を終えた段階で気づかないのはまだマシです。そのまま一日中気づかなければ私の気は済むからです。外に出てしまってから鏡を見て「今日、いつもより目が小さいぞ」と思ってしまう、その瞬間に自分の不手際に気づいて、後悔の念が襲ってくるのが一番キツいです。

あまりにもつけ忘れるので、「まあ誰も見てないでしょ」と開き直りの境地に達することも珍しくありませんが、どことなく勿体無い気持ちがします。自分の一日に汚点がついたような気持ちにもなります。たったそれっぽっちのことで。多くを求めすぎですね。

夏が深まっていろいろだめになってきました。はやく風邪が治りますように。

『星月夜』の街

年末、大晦日。

テレビで見たヨーロッパの街並み。ゴッホの『星月夜』みたいな色合い。でもそこは日本だった。

町中がお祭りムードの中、友人たちと闊歩している。いろんな人種の人がたくさんいる。とにかく外国人がたくさんいる。日本人は、私たちと祭りのスタッフしか見かけなかった。言葉が通じないなりに、カタコトでコミュニケーションをとってなんとかやっている。楽しい。

狭い路地を歩いていくと、十メートル幅の石の階段がある。その前に、アジア系のおじさんが大きな屋台を構えている。焼きサザエが並んでいる。サザエにしては大きいので違う貝かもしれない。

食べようかなあと思っていたら、隣にいた友人が何も言わずに手に取って食べ始める。

お金、払ってないけど大丈夫なの!? などと驚いているのは私だけで、店主も何も言わない。どうやら友人と店主は知り合いのようだった。びっくりするから先に言ってよ。

私も食べようかなと思って手を伸ばしかけたが、熱そうだし食べづらそうだし、やっぱり会計まわりのことが気になるからやめた。食い逃げはしたくない。

また少し歩くと、広場の端っこに出た。

新年のカウントダウンがもうすぐ始まるらしい。たくさんの人が酒を手に持って騒いでいる。広場に設置された大きなスピーカーからは軽快なアナウンスが響く。わあ〜、とか言いながら立ち尽くしていたら、近くにいた祭りの運営スタッフにサイリウムを渡される。

直後、スタッフの掛け声に合わせて、一本のサイリウムを両手で握った人々が剣道の素振りみたいな動きをしながら「ソンシャ! 圧倒的ソンシャ!」と叫び始める(感謝! 圧倒的感謝! みたいなノリで)(ソンシャって何?)。

困惑したけれど、外国人がみんな楽しそうにやっているし、友人たちも乗り気だし、私もなんとなく楽しくなってきたから、とりあえずサイリウムは折っておいた。

 

という夢を見た。

楽しかった。おかげで目覚めが良くて、朝から元気だった。

ソンシャの意味は全然わからないけれど、夢の中では漢字二文字の言葉だと直感した。

とにかくいろんな人種の人がいた。みんなスタイルが良かったから、雑誌の読みすぎによるものだと思う。

すれ違う人みんな楽しそうだった。私も楽しかった。

街並みが本当に綺麗だった。石畳の街並み。ゴッホの絵みたいな色彩。灰色を混ぜたような青、ところどころに電球の明かり。街全体がパーティみたい。世界に平和が戻ったあとの盛大で穏やかなお祝い。

夢が楽しくてよかった。

針に糸を通して一日を終えたい

昨冬に買ったマニキュアの色が気に入ったから、最近同じものをもう一本買い足した。早速塗ってみたら、どうもしっくりこない。良さを全部殺したような色になっている。

ふと、冬に買ったほうと最近買ったほうのラベルを見比べてみた。色の番号が違った。それぞれ、402番と403番。

全てを悟って落胆した。幸い、402番がまだ使えそうだったから使った。やっぱりしっくりきた。

色の番号が一つ違うだけでこんなに見え方が違う。紛らわしくていやだ。でも、わかりやすくて良いとも思う。自分の感覚はいまいち信じられないけれど、確かに爪に載せたときの印象は全く異なる。

こんな繊細なものを何も考えずに買うのは止そう。衝動買いが一番楽しいって知ってはいるけれど。

 

ぼーっとしてたら一日終わっちゃったなあ。時間が過ぎるのが早い。……いや、私が生きるのが遅い?

私が生きるのが遅いんだろうな。私が本気出して本当に私のペースで生活したら、たぶん寿命までに小学校も卒業できないと思う。

誰にも何にも急かされずに、約束も契約もしないで生きてみたかった。

 

ただ針に糸を通して一日を終えたい。

よし、今日は針に糸を通すぞ。糸、通らないなあ。手が震えて全然だめだ。糸の先が割れてしまった。ああ、通らない、通らないなあ。あ、通った。はい、今日も終わり。明日はほつれた服を縫おう(この後、せっかく糸を通した針を紛失して、翌日も針に糸を通す)。

 

今からやればいいじゃんって思う私もいるけれど、それは無茶だよ。簡単に言うけど、本当に難しいよ。そんなに能力高くないしやる気もないもの。やる気がない。やる気ありません。

 

折り合いをつけるのが怠いというだけの話

疲れた。なんかスゲー疲れた。うーん。

 

例えば。例えばですよ。以下、例え話ですよ。

 

飯屋で、注文したものがなかなか出てこなくてすごく待ってて、明らかに自分たちより後に注文した人たちの席には料理が運ばれてて、そこからさらに三分悩んだ挙句、同席者と「忘れられてるかな?」「かもね」「聞いてみようか」「うん」って軽く会議して、ようやく店員さんに「すみません、さっき○○を頼んだんですけどまだ時間かかりますか?」って訊くじゃん。

そしたら明らかに店員さんと厨房が慌てはじめて、さっきまで待ってた時間の6分の1くらいの速さで頼んでたやつが出てくるじゃん。大変お待たせしました、申し訳ありません、ってわざわざ言ってくれて。

店員さんだって人間だし、店は人間の集まりだし、もしかしたら本当に時間がかかってただけかもしれないし、よくあることだし……って考えたら、私に文句を言う理由は無いし、忙しいのにちゃんと対応してくれてありがとうございます、逆にスミマセン。なんかスミマセン。って思わざるを得なくなる。

そういう営みの全てが嫌になった。

もちろん、ここは社会だから、嫌になったとしても、やらざるを得ない。私だっていろんな人に同じくらい嫌な思いをさせているはずだし、これからもするんだろうから、むしろこういうことはした方がいいのだ。自分の為に。

この例えで言うなら、お店の人だって、わざと忘れようと思って忘れるわけないし、後回しにするなら理由があるはずだ。その理由に私が口を挟む余地はない。嫌なら食った分の金払ってさっさと帰ればいい。或いは二度と行かなきゃいい。対処法はわかってる。

でもこうやって、誰も悪くないのに、時間が過ぎた事実と嫌な気持ちだけ残るのがめんどくさい。残った気持ちだけが本当に気持ち悪い。五分だって持っていたくない。何も思ってない感じでニコニコしてるのも嫌だけど文句言うのも嫌だ。

待たされたのが嫌だと思った、その気持ちをぶつけるだけなら、店員さんに「まだですか」って聞いた時点で若干伝わっちゃってるんじゃないか。私なら、これを言われた時点でめっちゃ焦る。待たせてごめんなさい、忘れてたとしても口が裂けても言えないし言わないけど、最速で出します、という気持ちになる。

実際、「まだですか」って言っただけでキレられたこともない。大抵は申し訳なさそうにしてくださる。それだけで十分なのに、それで済まない自分の気持ちが嫌だ。

こういうことを考えない為にも、外に出たくないし、人と関わりたくない。

 

……というのが今の私の気分らしいです。困りましたね(こうやって〆ると自分の身体から一瞬だけ嫌な気持ちが離れたような気分になる)!

さて、どこで無理が発生してるんでしょう。ただ単に疲れて余裕が無くなってるのかもしれません。明日も諸々あるから、よく身体を冷やして寝ます。

遊んでる

ポップコーンとピザと肉と野菜の日々をやってる(予定)。

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今日は遊びに出ました。生活から逃げるように外に出ました。でも、この距離じゃ生活から逃げきれません。嫌だなあ、花火やりたい。できない。なんでできないの?

日記らしい日記

今日は日記らしい日記を書いてみたくなったので、そうする。

 

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今日の気分:ふつう 体調:まあまあ(ときどき軽い頭痛)

・暑くてイライラして棒になりたくなった。

・↑に、「棒(男根ではない)」って大真面目に書こうとして、やめた。おかしすぎる。本気で書こうとしたんだよこれ。必要な注釈だと本気で思った。

・計画を練った。

・放置してた本をちょっとだけ読んだ。なんで読むのやめたんだっけ。幻滅しちゃったんだっけ。今読んでみたらそんなこともなかったけどな。

・ダジャレみたいな小さい夢を思いついたのでそのうち叶える。ダジャレみたいな、というより本当にダジャレなんだけど。例えるなら、アルミ缶の上にみかんを乗せるような行為。気分が良くなることうけあい。

・髪を洗っていたら「遅れた人生を取り戻そうとしているかのような服装」っていう最悪の表現を思いついてしまって、脳内で無限に怒られが発生した。シャワーを浴びている時はいろんなことを思いつく。いいこともよくないこともたくさん思いつく。今日のはあんまりよくないと私の頭の中の人が言っている。人のこと言えるのか、胸に手を当てて考えてみろ、とも。私の体の人はすごく笑ってたけど。そして、別の頭の中の人が「いいじゃん、いつまでも好きな服着ようぜ。そういう世界の方が絶対に楽しい、みんなもっと好き勝手な服を着てくれ」って言ってる。あ、頭の中の人が「私に言われなくてもみんなそうしてるだろ!」って怒ってる。怒る担当の人と前向きに押し流す担当の人がいるっぽいな。

「頭の中の人」っていうのはもちろん比喩で、全部私です。私の中で勝手に喧嘩しています。喧嘩するために生きてるんじゃないのにな。

そういえば今日は服のことをもっといろいろ思ってた気がする。なんだっけ。ああ思い出した。

ノームコアってもう行き着くところまで行ったよね。無地白Tシャツにデニム、みたいなシンプルさに行き着いてる気がする。これはこれで好きだし楽チンだからいいんだけど、やっぱりそろそろ揺り戻しが着て欲しいな。バブルみたいな、わけわからんけどひたすら派手な格好が流行って欲しい。それこそ、二、三十年後に笑われるような。ミーハーだから私も着るよ。

あとなんだっけ。ああ。

工夫次第で黒がめっちゃ似合うことがわかった。

・明日は遅れないように行くこと。

 

以上。