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雑談だ

 『白雪姫』に出てくる魔法の鏡は実はただの鏡で、「世界一美しいのは誰?」「あなたです!」は全部自問自答で、白雪姫のお母さんが自分で自分のことを「世界一美しい」と思えなくなったのが終わりの始まりだったんじゃないのか。ということを最近考えていました。

 白雪姫のお母さんは、一生勘違いしてたほうがよかったと思います。いまどき「世界一美しい」って自分で言っても許されるのって道重さゆみさんくらいだと思いますけど、だとしても、白雪姫のお母さんは一生勘違いしておいたほうがよかったのではありませんか。勘違いでもなんでもなく、本当に世界一美しかったのかもしれませんけどね。

 ちょっとでも「白雪姫のほうが美しいんじゃない?」って考えちゃったのが運の尽きでしたね。一生楽しく勘違いしてたほうがQOL上がりそうですもの。

 巻き込まれた白雪姫は本当に世界一美しかったのか知らないけど、なんか幸せっぽいからそれでいいんじゃねーの的な感じがします(雑)。

 

 今日なんとなく読みたい本があって(一昨日は別の本を『もうしばらくこれしか読まない〜』とか言ってたのに)、「もしかして、親がもう持ってるんじゃないか?」と思って家の本棚をごそごそしてたら、ありました。ラッキー。

 本が埃まみれでした。適当に払って、適当に読みはじめました。いやあ〜面倒くさい話でした。とても分厚い本(ナントカ全集系)なので全部読む気にならず、読みたい話を先に読みました。休んでから、また別の話を途中まで読みました。今夜はここまで、ということにしました。

 

 あ〜他になんか書くこと……あ、あれまた載ってなかったのでした(´・ω・`) ←これ毎回使うぞ

 しかし今までの人生の全部で載ってなかったので、しばらくこんなもんでしょう。来月は2万円ほしい〜から今月も何か書いて出しまーす。おやすみなさーい。

許容範囲ガバガバ系世間知らず

雑談だ

 今日は、走ってもいないのにブレーキをかけた。走り出してからじゃどうにもならないことがたまにあるから。地理的制約、時間的制約、物理的制約など、走り出すには様々な制約をクリアにしないといけないのに、たまにそれを忘れる。オールグリーンになるの待ってたら、なんにもできないとは思うけど。

 最低限のブレーキで済みそうな、現実的なやり方がどこかにあるはず。そして私の知る現実はとても狭い。もっと広くしなきゃ。

 私は、いい年こいて世間知らずだ。そのせいか、許容範囲(?)がガバガバなのだ。

 誰にどんな体験談を聞かされても、ひどく深刻な顔で絞り出すように何かをそっと打ち明けられても、「これ誰にも言ってないんだけど……」みたいな話であっても、全部「そうなんだ。それで?」で済ませてしまう。面白そうなら面白そうだと思うし、楽しそうなら楽しそうだと思ってしまう。興味が高まると、話の続きを促して、吐けるだけ吐かせて満足する下衆な人間でもある。相手の反応は様々だ。話している途中で泣き始めて、さらに深い悩みを話し始める人。話しながらどんどん盛り上がっていく人。全部話して楽しそうな人。それを見て私は満足するだけ。私ってほんとにやなやつ!

 話が逸れちゃった。世間知らずなので許容範囲がガバガバなのだ、という話。

 良い/悪い、いや、許される/許されないの基準が完全にズレている可能性がある。そもそも、誰かの内面や体験について許したり許されたりすることがよくわからない。一体誰が許さないのだろう。もし極限まで、己の何かを誰かに許して欲しいなら、ものによっては私が許すけどな。「はい、許すー! ていうか許し、要る?」って。私に許されても何の意味もないか。基準が曖昧ゆえの、すべてに対するどうでもよさが、私にはある。

 ついでに、自分が(得体の知れない何かに)許される/許されないということにも無頓着なので、この辺が社会への適応を妨げている気がする。

 困った困った。知っていこう。作法の世界みたいだからね。めんどくさ。

 知るというか、インストールしたい。もっと言うと、服みたいに着たり脱いだりしたい。マナー系の本を読めばいいのかな。何がアウトで何がセーフなのか、やっぱりよくわかっていないので、そういう社会の不文律を一旦知っておきたい。

 知っていたはずなのに忘れたのではなくって、もともと未履修の科目なのだと思う。なんとなくわかってきたのは、不文律は集団(小さめの社会)によって違うので、非常に面倒臭いということ。でもそれをどうにか読んで合わせたり適度に蹴ったりすることでみんな生きてるんだろうな。はーめんどくせえ、心の義務教育が終わらなかった。これからやりまーす。おやすみなさい。

耽溺

雑談だ

 前々から読んでみたかった本が夕方届いた。今まで、この本を読みたいなと思いつつも、なんとなく購買行動に結びついていなかった。しかし、先日急に「今すぐ読みたい」という気分になり、購入した。その本は絶版だったので、中古で買わざるをえなかったのだが、そのおかげでとっても安かったことも私の背中を押して、ついでに購入ボタンも押した。

 本を数十ページ読み、ふと思い立ってこの本のレビューを探して読み、また本を数十ページ読み、生活をして、また本を読み、酒を飲みながら読み……気づけばあと50ページほど。今夜中には読み終わってしまうのがちょっとだけ寂しい。けれど、これは何度も読み返すことが前提の本のような気がするから、今後ともお世話になるはず。

 「今すぐこんな生活がしたい」「今すぐこんなふうにしてみたい」と思うようなことばかり書いてある。久々の現象だ。この生活をするには、もう環境からなにから全部変えなければならないのだが、そんな面倒なんて鼻をかむのと同じくらいどうでもいいことのように思える。苦手なことも勉強しなければならないこともどうにかなると思える。私の憧れはこんなところにまであったのか。新しい大陸を発見したらこんな気持ちになるのだろうか。

 それにしても、人の不思議さよ。と、この本を読んでしみじみ思う。

 人の数だけファンタジーがある、ということはそのまま、人の数だけ人生があり、人の数だけ世界があるということなのだ。

 私は、大きな工場を外側から見るのが好きだ。あの配管や足場、妙な形の施設、おびただしい量のライト。それらのすべてに必要性があり、必然性があり、意味があるということの圧倒的な美しさ。

 それに比べて、人にそれぞれある人生の必要性のなさ、意味のなさ。あるのは蟻の行列のような偶然だけ。工場の配管なんかよりずっと醜くて汚い。ああ、人の数だけ人生があることを想像するだけで気持ち悪い、気持ち悪くって最高だ、私はそういうの大好きだ。ああ最高、最高だ。大好きだ。もっともっとどうでもいい他人の、どうでもいいファンタジーを聞きたい。

 興奮してしまった。これは興奮するような本なのだ。まだ最後の一文字に到達していないのに、もうこのザマだ。うふふ、これは何の本か、ここじゃ教えない。私の心の中にあるガラスケースにそっと並べて、鍵をかけておくのだ。また読むときはきっと、白い手袋をつけて、ガラスケースの鍵を手際よく開け、ガラスの戸を音が出ないくらい静かに開けて、うやうやしくこの本を取り出すのだ。頭の中で。

 そんな本もいいよね。勧めてくれた人ありがとう。確かにこれ私が好きそうな本だったよ。ってここに書いても届かないんだけどさ。ああ楽しい、しばらくこれだけ読んでいられる。まだ寝ない。

くだらない夢

雑談だ

 今日、ついやってしまったんだけど、漫画を読み終わった後に「なるほどねぇ〜」って言いながら本を閉じる行為、すっごくバカみたいで恥ずかしいからいい加減にやめたい。「なるほどねぇ〜」って、私は何に納得してんだ。

 ついでに、「よっこいしょういち!」もそろそろ卒業したい。言ってて楽しいから、どうしても言ってしまう……。

 

 今朝の夢。

 ニュースで小池百合子石原慎太郎(なぜかリアル慎太郎よりも二回りくらい太っていた)を見ていた。議会で百合子が慎太郎に何かを追及しているらしい。

 百合子が何か厳しめのことをバシッと言っていた。フラッシュが焚かれる。

 そのあと、メガネをかけた石原慎太郎が演台まで出てきて、これまたフラッシュを浴びながら、

「アナルXXX(失念)腸!」

と勢いよく発言。

 テレビ画面には「アナルIVY」というテロップ(白、ゴシック体)がデカデカと表示されて、慎太郎のことを半分くらい隠してしまった。

 え、アナル、腸? え? よくわかんないけど、そういう政治用語があるんだな。それとも慎太郎ががんばるのかな、大変だなあ、と思っていたら目がさめた。

 ベッドから起き上がったら、ようやく夢のおかしさが現に流れ込んできて、くすくす笑ってしまった。

 アナルて! 議会の答弁でアナルて!

 いい夢かはわからないけれど、とにかく可笑しかった。くっだらねえ〜。こういうくだらない夢ほんとに好き。もっとこういう夢が見たい。

 

 夢がおかしくて、笑いながら起きたことが何度かある。

 初めて笑いながら起きたときの夢は、はっきり覚えている。テレビ番組で、ジャニーズの男の子がすごくどうでもいいくだらない川柳を詠んだ。私はそれが妙にツボにハマってしまい、川柳を何度もなんどもつぶやいては大笑いしていた。現実の私の体も笑っていたようで、笑い声の「はっ」で目が覚めた。そしてしばらく笑い続けていた。

 悲しい夢を見て泣きながら目覚めたことも、少ないけれどある。その話はここでは書かない(もう悲しくないけど)。

 やっぱりおかしい夢や、石原慎太郎の「アナルなんとか腸!」宣言ぐらい、くだらない夢のことじゃないと書き甲斐がないもの。

 

 くだらない、おかしいものは最高。ハッピーならもっといい。

 世の中、ハッピーでくだらなくておかしいことばかりになればいいなあ。その第一歩として、自分がくだらないおかしい人間であることを自覚した。ハッピーになるまでどんどんくだらなくておかしいことばかりしよう。いい感じ。おやすみなさい。

雑談だ

 最近になって、自分がまともな人間ではない証拠がたくさん出てきた。薄々感づいてはいたが、ようやく人間の自分を諦められるかもしれない。

 

 冬になる前のある日、体を洗っていたら、背中、ちょうど右の肩甲骨の下あたりに妙なひっかかりを感じた。あれ、と思って、右手で背中に触れてみると、親指の爪のようなものがたくさん並んでいて、いくつもいくつも皮膚から飛び出しているようだった。

 悪寒が走った。すぐさま風呂場の鏡の曇りをシャワーで流して、背中を向け、無理な体勢で鏡を見る。視力が悪いのと、鏡がまたすぐ曇ってしまったのとでよく見えなかったが、そこには確かに黒い鱗が生えていた。

 焦った。剥がせないかと思って、鱗を一枚いじってみたけれど、鱗の付け根がじんじんと痛むだけで、ビクともしなかった。何事もなかったかのようにシャンプーをしてみたら、洗い流した泡が鱗の付け根に滲みた。

 風呂場での用事を一通り終えて、改めて鱗を剥がすことにした。一枚を無理やり剥がすことに成功した。すると、刺すような痛みと共に血が一筋垂れてきて、慌てて洗面所のティッシュでおさえた。ティッシュを何度か取り替えて、折りたたんで重ねて、下着で固定した。寝間着になって、自室に篭った。

 今度は眼鏡をかけて、合わせ鏡で背中を見てみる。黒く虹色に光る鱗が、3cm×5cmほどの面積に、見える限りで11枚。さきほど剥がした鱗の痕は、まだ瘡蓋になっていなかった。

 当然、不安になった。これは一体なんの病気なのか。皮膚科に行けばいいのか。一生治らなかったらどうしよう、このまま鱗の範囲が広がったらどうしよう。単なる目の錯覚である可能性に賭けて、再び鱗を撫でてみても、やはりそれは鱗なのだった。その日の晩はよく眠れなかった。それから数ヶ月かけて、じわじわと鱗は範囲を広げていった。

 年は明けて一月、初詣に行こうとして厚めのタイツを履くと、右の太ももの裏に何かがひっかかった。羽毛だった。タイツが伝線しないようにそっと腰まで上げて、スカートを履いた。初詣どころではなかったが、賽銭箱に小銭を投げて、「何でもいいからはやくよくなりますように」と祈った。当然、祈りは届かなかった。右の太ももは、三が日が開けるころには羽毛で覆われていた。

 数日後、左の太ももの一部がやけにぬるぬるするようになった。不快感の正体を掴むため、トイレでズボンを下ろすと、太ももの一部に鮮やかな黄緑色の皮膚が形成されていた。

 カエルだ、とわかった。

 それから数日かけて、私の左足はカエルの脚のようになっていった。脚の表は黄緑色、裏側は白色になり、足の指は丸くふくらんだ。持っている靴が一つも履けなくなったので、外に出られなくなった。室温が下がると、左脚だけが動かしづらくなった。

 そうこうしているうちに、今度は肩甲骨の間からやけにぱさぱさしたものが生えてきた。鏡で確認すると、トンボの羽が生えていた。手でくしゃっと握ると、そのまま壊れてバラバラになってしまう。羽を壊しながら生活しているので、とくに不便はないけれど、ゴミ箱に溜まっていくぱらぱらした透明の物体が奇妙で落ち着かない。

 そして最近。右腕は、白と黒の短い毛に覆われている。左腕は年季の入った木の枝のようで、左手の指は蕾。五つの蕾がそれぞれ春をじっと待っている。両方のこめかみの皮膚を、固く尖ったものが破ろうとしている。うなじにもようやく黒い鱗が生え始めてきたし、唇はどんどん固くなって突き出てくる。舌は細く長くなってきた。犬歯がなんとなく伸びてきた気がするし、黒目の数だって増えてきた。もう普通のメガネでは対応しきれなくなっている。こんな手では、歯磨きをするのも、PCやスマホで文字を打つのも一苦労だ。季節柄、服を着込んでマスクを着用し、眼鏡をかけて伏し目がちにしていれば外に出られないこともないが、ヒトとしての暮らしは相当厳しくなってきた。

 

 ここまできたら、まともな人間でいることを諦めざるをえない。そもそも、何の動物になるのかさえわからないのだ。私は一体どうなってしまうのだろう。

 一方で、この状態にとても興奮している。楽しんですらいる。私は人間をやめて、どんなクリーチャーになれるのだろう。明日はどこが変わるのか。楽しみだね〜ってことで、おやすみなさい。

気分高め

雑談だ

 すごいんですよ、人って。あ、これは別に「命ってみんなすごいんだよ!」とか「どんな人にもすごいところがある!」みたいな話ではありません。最終的に「すごいことってすごい」に収束する話かもしれません。

 例えば、XXなのにXXにXXXXXXんですよ。XXにXXXXXも、XXがXXにXXXXXXXもすごいですよね。そして、驚いたことに、そういう意味では私もすごいっぽいです。実用的なすごさではないのですが。

 なんといいますか、砂漠の砂の、一粒一粒の大きさと進む方向がみな違う……というようなことです。いや、なんかちがうな。もういいか。終了。

 

 そんなことはどうでもいいんですよ。

 夜、久々に写経(好きな曲の歌詞を紙に書くことを勝手に写経と読んでいます)欲が出てきて、しかもなぜかPCにキーボードで打ち込んでから紙に書きたい気持ちになったので、やりました。

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 歌詞と歌がちょうどよく噛み合っているといいますか、歌詞を書くと字で歌わなきゃいけない気がするような曲だったので、字がピョーッてなりました。

 全部書いて、最後に日付書いて、大満足です。いやー、良い曲。

 

 今、頭がおかしいです。なんの物質が出ているのでしょう。何を見ても新しい感じがします。ものの評価軸が、思わぬところから変な方向に追加されたのでしょうか。なんでも指差してゲラゲラ笑いたい気持ちです。季節的なことかしら。春はどうしたって不安定だけれど、こんな不安定のなりかたはなかなか無いので、面白い。箸が転がっても面白い年頃なんかとっくに過ぎたのだけれど。

 ああ、躁なのか? ちゃんとお薬飲んでるんだけどな。上がると下がるから今から怖いけど、下がったらまた上げればいいんでしょう。……コントロールできると一瞬でも思ってしまったのが怖いぞ。

 楽しいときは思いっきり楽しんでおきたい、というとっても健全な思想が私の髪の毛を掴んで振り回しています。

 死ぬまでの暇つぶし、楽しみながらやっていきます。また死にたくなるんでしょうけど、それはそれで。

 

 いま、勉強したいことが二つ三つくらいあります(ああ、もうこれ完全に上がってますね)。でも両方とも勉強したくて仕方ありません。内容は趣味です。基本的に文化・背景の理解から入るタイプなので、最初は書籍が頼りなのですが、問題はその書籍の探し方がわからないこと。どんなキーワードで検索したらいいのか、というところから試行錯誤が始まります。やるしかない。今やれそうだからやるしかない。というわけで、今夜は試行錯誤してから寝ます。おやすみなさい。

踊っていた

雑談だ

 一日中踊りを踊っていたから、脚がピーヒャラピーヒャラしている。お鍋の中からボワっとインチキおじさんが登場したり、エジソンは偉い人なのが常識だったりする一日だった。ポンポコリンになった。



 ポンポコリンなりに楽しい一日だった。それでいい。猛烈な、なんらかの「感」が、つま先から頭のてっぺんまで一気に浸透して、頭蓋骨の内部までをも満たした。見たこともない己の頭蓋骨の中身が見える。発光する透明な液体がたぷたぷしている。錯覚だとしても、この「感」を失ってはならないと思った。あったほうが生きやすい。ピーヒャラピーヒャラしていて非常によろしい。一生踊りたい。

 ただ、今おそろしいのは、日本語がわからなくなってしまったことだ。日記やtweetレベルの文章がまとまらない。書いているうちに、何を書いたか忘れてしまう。あぶない。たくさん寝たら元に戻るかな。PCを再起動するみたいに。

 

 日本語がすっかり飛んでいるけれど、頭の中でずっと私が喋っている。幻聴ではなくて、ただただ出力が止まらない感じ。意味のないものがどこまでも出てくる。「あのーえー、あれだ、あのーあれが、あれであれなのよ。」みたいなことをずっと言っている。

 虚空を見つめるとこういうことになる。虚空を見つめると全部「あれ」になる。虚空には「あれ」があるみたいだ。「あれ」ってとても言いやすい。どんなに疲れていても言える。

 

 最近、指が曲がって曲がって仕方ない。関節が柔らかいのではない。形が歪んでいる。ちょっと痛い。整体って指も治してくれるのかしら。指どころか、全身の骨格が歪んできたから、ゴリゴリのバキバキに整えてもらいたい。このへんに整体屋さんってあるのかな。考えたこともなかった。

 それにしても、骨を整えるって、誰が考えたどんな趣味なんだろう。趣味じゃなくて仕事とか技術とかなんだろうけど。整体を考えた人はすごいな。骨や体は整うんだな。人間は形がある物だから、力を加えたら変形するんだろう。だから生きてるだけで骨が歪んだりするんだ。地球には重力があるし、私には少しばかりの筋力があるから。

 

 早めに寝たほうがいいな。この世が全部つまらないか、全部面白いかのどちらかに振り切れようとしている。究極の二択しかない。単純に疲れたのだろう。疲れすぎて、ときどき小さく笑ってしまうが、笑うのも疲れるからすぐにやめる。疲れすぎて全部嫌になってきた。うわ、これ本当にだめだ、寝たほうがいい。踊ってる場合じゃなかった。疲れるのはいいけれど、つまらないのは困る。人生楽しくやっていきたいもんだ。辻褄を合わせるために寝るのだ。おやすみなさい。