ウィッ

不覚にも……投票ウィって外食できなかった……。投票ウィって外食するチャンス逃した……。選挙の日はなぜか投票ウィって外食するんだ、ってつんくさんに教わって生きてきたのに。

投票がしたかったわけじゃないんです、投票ウィって外食したかったんです。恥ずかしながら政治のことあんまりよく知らないので、今日が何をどうする選挙でどこが勝ったのかもよく知らないんです。衆議院ですっけ?いつの間にか解散しててよくわからない。

解散なんて心臓に悪い言葉はやめてほしい。「卒業」「脱退」もできるだけ見たくない(本人が幸せなら私には何も言えないし幸せを祈るけど!)。「〇〇に関するお知らせ」的なのもあんまり見たくない(良い知らせもあるけど!)。一方で、卒業と加入を繰り返していくからこその醍醐味や凄みみたいなものがあるのもわかる。受け継がれていく伝統、みたいなものを感じてグッときてしまうこともあるよね。だから結局オタクに為す術はなくて、ただただ心の準備をする時間が必要なんだ。思い出をいっぱい作る時間が……。

政治のこと全然わからんからアイドルの話になってしまった。もう泣きたい気持ちだな。なにもかも、どうしてこうなってしまったんだろう。幸せってよくわからないけど幸せに生きる方法ってどこにもないのかな(わからないうちは見つからないでしょうね)。

とりあえず『ザ☆ピ〜ス!』聞きます?


モーニング娘。 『ザ☆ピース!』 (MV)

 

とんでもない天候ですね。台風って気圧が上がるんですっけ、下がるんですっけ。そのあたりのこともあんまり興味ないから忘れてしまってます。心身の調子が気圧に左右されないから関心がないのです。天気が悪い時はだいたい低気圧、と判断していますが、今はめちゃくちゃ気圧が低いんでしょうか。一般常識が無く、明日がない。

感情ベース

楽しいことで忙しい!!!命燃やしてる感がすごい!!!!命は何もしなくても燃え尽きていくのでガンガン燃やしていこうな、と張り切っている。楽しい!!!

ハマるものによって身に付けるものや聞く音楽や姿勢などが全て変わってしまうので、一週間前の自分と三ヶ月前の自分と今の自分が全然違うような状態。おそらく表面上はなーーーんにも変わってないと思うけど。

自分の世界と液晶の中を頻繁に行き来しながら暮らしている。おかげさまで日々の苦痛はなんとな〜く有耶無耶になり、出費は嵩むばかり。出費は別に構わない。お金は作れるから。あとは日々の、その時その時に感じた苦痛に関心の全てを持っていかれて、死ぬこと以外何も考えられないような状態にならないことを……祈っても祈らなくても、どうしようもないか。なるときはなる。

私は祈るということをもう随分前から諦めてしまっている。祈っても意味がないと学習したからだ。その代わり、祈るべき場面で怖がっている気がする。あぁ〜嫌だ〜見たくない知りたくない、と。カッコ悪いかもしれないけど、怖がってるフリをしているわけでもないし(本当にいちいち怖いのである)、怖がっといて損はないからね。

でも、最近ようやく怖いことばかりじゃなくなってきた。「やればいいんだろやれば!」と半分キレたような、開き直ったような状態になることが増えた。なんだかなあ。「やればいい」は正しいんだけど、感情ベースじゃないと動けない事実が疲れる。

今は楽しいことで忙しい、それだけでいい。

ケチャップの「ん」

自宅でオムライスを作って食べるにあたって、ケチャップで絵や文字を書くことを一度も欠かしたことがない。ケチャップのボトルを握った瞬間、何かを書かねばならないという謎の使命感が芽生える。

私はひらがなの「ん」を書くのが本当に苦手なのだが、ある日のオムライスの表面に人生で最高の「ん」が登場してしまった。文句なしに最高峰の「ん」だったので途方に暮れた。食べるべきか食べざるべきか。

食べ物だから、食べずに放っておいてもいずれ必ず腐ってぼろぼろになってしまう。だからどう考えても食べるべきなのだが、目の前には赤いインクで世界一綺麗(当社比)な「ん」が書かれてある。一分くらい正座でオムライスを見つめてから、とりあえず写真を撮ってはみたものの、そういう問題じゃないんだよ、写真に撮ればいいとかそういう問題じゃないんだ、と頭の中で私が叫んでいた。人生で一番上手く書けた字をなぜ崩して食べなければならないのか。

約五秒後、あまりにも馬鹿馬鹿しいことで悩んでいるような気がしたから、右手に持ったスプーンで一思いに「ん」を解体した。史上類を見ない「ん」はただのケチャップ味の何かになってしまった。

あれから数年経ったけれども、シャープペン、ボールペン、マジックペン、えんぴつ、筆ペン、何を使ってもあれより素晴らしい「ん」が書けたことはない。あれは奇跡だったのだ。冷凍しておけばよかった。ケチャップで「ん」をもう一度書こうとは思えない。あれより美しい「ん」はもうお目にかかれないだろう。少なくとも私の手ではもう作り出せない。再挑戦してがっかりするくらいならやらないほうがよい。どうあがいても蛇足。

そういうわけで、今日のオムライスに漢字3文字(最近ハマっているものの名前)を書くことにした。画数が多すぎて挫折した。しょっぱい食べ物が得意じゃないので(口が痛くなるから)、1文字目を書いている途中で心は折れていた。いかに「ん」がオムライスに書く文字として適切だったのかを思い知った。

イカつくなる

人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す人間を愛す(無理)って感じの一日でした。

人間の性分を愛せ!!!!いや無理だなまだ!!!私も人間だから!!!

私は私の好きなものだけが好き。それだけで十分なんだけどそれだけで摩擦が起きてヤケドするの馬鹿馬鹿しい。私も絶対に誰かを傷つけてる。だからっておあいこなのかな。

いちいち痛がるのやめたらいいんじゃないのか。それはそれでいいんだけど、痛いものは痛いわけで、その苦しみはどうすりゃいいんだろう。処理するにしても「壁を殴る」みたいな方法しか思い浮かばない。

なんかイカつくなりたいな。結局そこに行き着く。明日からイカつくなる。

ハンドクリーム

いい匂いのするハンドクリームを買いました。匂いがいい上に、塗ると手がいい感じになるそうです。すごい話ですね。ニベア以外のハンドクリームを買ったのは初めてだと思います(アトリックスぐらいは買ったことあるだろうか)。

このハンドクリーム、数種類の匂いがあって、売り場にそれぞれのテスターが置いてあったのですが、基本の匂いは同じなのです。でも、混ざっているものの匂いが違うらしいです。全種類の匂いをチェックしました。だいたいいい匂いだったのですが、一つだけ特に好きな匂いがありまして、迷わずそれを買いました。

匂いの好き嫌いが激しくて(ほぼ嫌い)、香水だって滅多に買わない、匂いつきハンドクリームなんてもってのほか。と、いつも思っているのですが、今日出会ったのは好きな匂いでした。

鼻って鈍感な器官ですが、嫌いなものは完全に嫌いって判定するので鈍感なりの強度があるように思います。判定するのは鼻じゃなくて頭かしら。

なんでもいいんです、とりあえず奇跡的にいい匂いのものに出会えましたということです。

飽きずに全部使いきれますように。あと、手がいい感じになりますように。自分の手が好きなので、手を見てテンションが下がるようなことはあってはならないのです。本当は針を刺してでも手の皮膚をふっくらとさせたいのですが(最近よく見るダーマフィラーのように)、耳にも針を刺せないような人間なのでそこまでやりません。衛生管理に自信ありません……。

さっき早速ハンドクリームを塗ってみました。さすがに良い匂いです。甘くて水分量の比較的少ない食べ物の匂いが好きみたいです。苦手な匂いは、イメージとしては緑色の匂いです。

夜でした

今日は使い切った感があるので手短にします。

アツい夜でした。椅子があったら寝てただろうなってぐらい心地よい空間でした。

いつもあんまりテンションが高くない人が凄く元気そうだったので「あっ、これがあの『元気』なんだな……」と感慨深くなりました(私も『元気』なときはこんな風にわかりやすく見えてるのかしら、と今になってから思いました)。

私が好きなのをやってくれて嬉しかったです。とてもゼータクで切実な時間でした。良い夜でした。以上です。

運の話

うぎゃーっ! 運がいい!! って思う出来事がありました。

私は本当に運が良い人間です。日常の些細なことにいちいち感謝できる人間ということではなくて、本当にひたすら運が良いだけです。

運が良いってどういうことを言うのか、そもそも運ってなんなのか知りませんが、運が良いって思えるということは明確に「良いこと」があった証です。明確に、ですよ。私の場合、さらに「自分の労力の少なさと不釣り合いなほどの」という条件がつきます。

一番欲しいものが当たることがあるのです。人生で何度も。もちろんハズレをその倍以上は引いてるんですけど、最終的に欲しいものが当たれば、山ほどあるハズレなんて全部忘れます。これは結局「洗車すると雨が降る」「トーストはバターを塗った面を下にして落ちる」と同じことを言ってるわけですが、そんなことはどうでもいいのです。私は運がめちゃくちゃ良いんです。

「運を使い切った」って思ったことが一度もありません。私の運は消費されるものではないからです。運気を上げるとか、運気が下がるとか、そういうよくわからないことを考えたこともないです。私の運は上下するものではないからです(そもそも運気ってなんなのかわからない)。おみくじで小吉を引いても大吉を引いてもなにも変わりません。根拠の無い自信ってこういうことを言うのかもしれませんが、本当に運が良いので……。

欲しいものに手を伸ばしたら、わけがわからないくらい正確に、ピターッと指先にひっついてくることがあるんです。ついでに、手を伸ばさなくてもなんとなく手中におさまることもあります。

いや、人間生きてりゃそんなことたくさんあるでしょう。ただ、私は思い込みと感情がめちゃくちゃ強いので、欲しいものがなんとなく指先にピターッときちゃうと、「あっ! 運命的に捕まえた!」って嬉しくなりすぎちゃうのです。例えば、競争率の高いライブのチケットが当たっちゃったりすると「あっ、呼ばれた!」って、私が行かなきゃ誰が行くんだって本気で思います。

嬉しさの手前に謎の納得もあります。そうだよな、私なら当たるよなって。根拠の無い納得。その上、自分は外したけど友人が当ててくれたチケットなんかも自分の運の領域に含めてあります。「結局私も行けるんだから、私めっちゃ運良いな!」って。

頭が悪くて運が良いって、我ながらすごいですね。

ちなみに宝くじに当たったことはありません。買ったことがないので。